裏切り続けた本多正信が家康の謀臣たりえた裏側 家康に苦悩も、有能な官僚ほど立ち回りは難しい

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松山ケンイチさん演じる本多正信 NHK大河ドラマ「どうする家康」
松山ケンイチさん演じる本多正信は家康の人生にどんな影響を与えるのでしょうか?(画像:NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイト)
NHK大河ドラマ『どうする家康』第4回で、家康は織田信長と清洲同盟を結びましたが、2月5日放送の第5回では今川にいる妻子の奪還を試みます。そこで登場する怪しげな人物が、次回予告の段階から話題になっている松山ケンイチさん演じる本多正信です。のちに家康の謀臣として活躍したこの正信の人物像について『ビジネス小説 もしも彼女が関ヶ原を戦ったら』の著者、眞邊明人氏が解説します。

7年ものあいだ裏切り続けた本多正信

本多正信は、1538年に本多俊正の次男として生まれました。「桶狭間の戦いで膝を負傷し、以降歩行が困難になった」とありますから、家康が織田・今川の人質だった頃から仕えていたと思われます。ただ、当時は側近というほどの存在ではなく、特に目立った逸話や事績もありません。『どうする家康』では、服部半蔵とともに瀬名姫奪還作戦に加わっていましたが、これはドラマの演出で、当時の家康家臣団では目立たない存在だったようです。

正信の名が歴史に刻まれるのは、若き家康にとっての最大の危機と言われる「三河一向一揆」です。家康は領内における一向宗の利権を巡って対立し、それが家臣の反乱につながります。ここに旧今川家臣団や家康に城を奪われた吉良氏なども加わって、大騒乱となりました。一向宗の信者だった正信も一向宗側に加わり、家康を苦しめます。

この乱で、家康は命を落としそうになりながらも鎮圧に成功し、反乱した家臣には帰参を許す寛大さを見せますが、正信は加賀に向かい一向宗として戦い続けます。

こうして徳川家臣団の団結は高まりましたが、正信はそこにはいませんでした。正信が家康の元に戻るのはそれから7年後、姉川の合戦あたりと言われています。

家康による正信への信任が厚くなるのは、信長が本能寺の変で倒れて以降のこと。秀吉傘下に徳川家が組み込まれた頃には、家康の参謀的な立場にまで成り上がっていました。

秀吉没後は、家康の政権奪取のために謀略を巡らせたと言われており、家康からは「友」と呼ばれるほどの信頼関係を築いていました。ただ、この家康の寵愛が、いずれ他の家臣との軋轢を呼ぶことも予測していたようで、後継ぎの本多正純には「3万石以上の加増は受けてはならぬ」と遺言したと言われています。

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