正しい日本語は「ない」1300年前の歌が教える真実 面白おかしい表記は「万葉集」の時代からある

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まずは大伴宿祢がこんな歌を贈る。

暇なく人の眉根をいたづらにかかしめつつも逢はぬ妹かも(巻4・562)
(休まず眉をとにかくかいてるのに、全然きみに会えないなあ)

実は奈良時代、おまじないのように、「眉がかゆくなると好きな人に会える前兆」だと信じられていた。そういうジンクスがあったことを逆手にとって、「ずっと眉がかゆいし……そろそろ会えるんじゃないかな、会いたいなあ、とあなたを思ってずっと眉を掻きまくっている」と詠む大伴宿祢。ちょっとギャグの精度が低く、おじさんっぽい歌のようにも思うが、くすりと笑えるラブレターではある。

浮気をとがめるのも直球!

それに対して、坂上郎女はこんな歌を贈っている。

山菅の実ならぬことを我に寄そり言はれし君はたれとか寝らむ(巻4・564)
(私とは結局実がならなかったけれど……私の恋人らしいと噂されたあなたは、今誰と寝ているのかしら?)

直球の歌だ。以前、あなた、私の噂が立ってたけれど、結局そういう仲にはならなかったよね……「で、今あなたは誰と寝てるの?」で締める坂上郎女。浮気をとがめるにしても、はっきりすっぱり。眉をかいて会いたいなぁって思っている、とあなたは言うけれど。今はあなた、ほかの人と結局寝てるんでしょ? と直球で返している。宿祢の苦笑が見えるようだ。そして「忘れ草」の和歌に比べると、直接的で、カラッとした歌である。

宴会の歌だったと言われているから、おそらく男性側が「会ってくれないけどめっちゃ好き!」というノリをうまい歌にのせて言ってみて、それに対して女性側が「会ってないでしょ、誰とおるん?」とぴしゃりと返す……という笑えるやりとりだったのではないか。

和歌というと、日本の伝統を汲んだクラシカルなもの、と思われがちだが、万葉集が生まれた奈良時代は女性の立場が意外と強かったり、まだひらがなが発明される以前の漢字で遊んでいたりした時代の名残がよくわかる。今の時代に読み返してみると、新しい発見がある名著なのである。

三宅 香帆 文芸評論家

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みやけ かほ / Kaho Miyake

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長。2016年「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」がハイパーバズを起こし、2016年の年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位となる。その卓越した選書センスと書評によって、本好きのSNSの間で大反響を呼んだ。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)、『人生を狂わす名著50』(ライツ社刊)、『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)など著書多数)。

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