しかし考えてみよう。「夜明け前」とわざわざ言ってるあたり、「こんな夜明けに家へ帰るなんてどこにいたのかしらね?」あるいは「私がいない夜は、ぐっすり眠れたかしら?」といったニュアンスが漂っているように見えないだろうか。
だってこれが文字通り「私のこと思い出してね」って意味の歌なら、夜明け前じゃなくて、夜が来る前に思い出してほしいはずだ。
「めざまし草」も「忘れ草」の別称?
万葉集の中で、この歌の前と後に掲載されている歌は、どちらも「忘れ草」(ユリ科の萱草という花のこと)を詠んでいる。今回の歌で詠まれている「めざまし草」も、「忘れ草」の別称ではないか、ともいわれているのだ。
このような背景を考えてみても、ますます皮肉っぽい和歌だと思う。だってほかの人のことを「忘れさせる」草を渡して、「ほら、これがあなたのめざまし草よ」と、にっこり微笑んでいるのだ。
やはり、別の女がいて自分に足が遠のいた男に向けた歌ではないだろうか。そう考えざるをえない。添えられた「忘れ草」より、彼女の歌のほうが、男性にとってよっぽど効力のある「めざまし草」だっただろう……。
万葉集には、女性側が浮気をとがめる歌が意外とある。「ほかの女にうつつを抜かして、どうしてるの?」と暗にいう歌。
例えば、巻4に掲載されている、大伴宿祢と坂上郎女のやりとり。2人ともかなり年齢を重ねているし、宴会で詠まれた戯れの歌だろうといわれているけれど、それでも応酬にユーモアが見える歌たちになっている。
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