フクシマの教訓を置き去りに進む原発再稼働の今 マジックワード「バックフィット」の正体

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運転を停めないのであれば、電力会社は規制委が求める安全対策を受け入れるに決まっている。だが、それではフクシマの教訓を生かしていることにはならない。むしろ、運転を停めない前提で、基準不適合と認めることを意図的に避けているのだから、フクシマ以前より巧妙になったというほかない。安全規制の実態がフクシマ以前と変わらないのに、フクシマの教訓を生かして変わったかのように装っているとしたら重大な問題だ。

「バックフィット」というマジックワードの裏に潜む欺瞞を更田委員長に「自白」してもらうため、核心に踏み込んだ。

生まれ変わっていない安全規制

──「要求の引き上げ」でも「基準不適合」でもバックフィットに変わりないのでしょうか?

「そうですね。後から出てくる科学的知見によって要求水準を引き上げたものに対しても、バックフィットという言葉を使っています」

──そうすると、バックフィットは事故後に新たに導入されたものなのでしょうか?

「……」

──「バックフィット」という言葉は事故後に導入されましたね?

「はい」

──事故前は行われていなかったですか?

「事故前であっても不可能ではなかったと思う。バックフィットというのは、私たちにとってやりやすい状態になったけれど、ゼロから1になったわけではなくて」

──確認ですが、事故後に新たに導入されたのはバックフィットという言葉以外にはバックフィット命令(という法的権限)と考えていいのでしょうか?

『原発再稼働 葬られた過酷事故の教訓』(集英社新書)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

「どうだろう……。私は日常、そこまで意識してバックフィットという言葉を使っていないので……。バックフィット命令というのは強力な武器なので、存在することによって、ほかの手法に対しても有利に働いていると思いますが、ただ、あの、どうですかね……。日常的にバックフィットという用語を使うときに、条文上のバックフィット命令だけを意識して使っているわけではありません」

関電から「規制委はどうせ運転を停めない」と足元を見られており、バックフィット命令の存在は有利に働いていない。そして、規制当局のトップがあれほど自画自賛していた「バックフィット」は厳密な定義がなく、フクシマ以前から行われていた行政指導による安全規制と変わりないというのだ。安全規制は生まれ変わっていない。生まれ変わったかのように装っているだけだ。

(後編に続く)

日野 行介 ジャーナリスト・作家

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ひの こうすけ / Kousuke Hino

1975年生まれ。元毎日新聞記者。

社会部や特別報道部で福島第一原発事故の被災者政策や、原発再稼働をめぐる安全規制や避難計画の実相を暴く調査報道に従事。

『除染と国家 21世紀最悪の公共事業』(集英社新書)、『調査報道記者 国策の闇を暴く仕事』(明石書店)、『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』『福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞』(いずれも岩波新書) 、『原発棄民 フクシマ5年後の真実』(毎日新聞出版)等著書多数。

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