フクシマの教訓を置き去りに進む原発再稼働の今 マジックワード「バックフィット」の正体

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ポイントは、想定リスクが引き上がった結果、原発の安全基準(新規制基準)を満たしていない「基準不適合」の状態になったと規制委が認めるかどうかにあった。安全審査で基準を満たしていると判断して原発の運転(再稼働)を許すのだから、裏返せば、基準不適合と判断した原発は運転を停めるのが当然のはずだ。そもそも、基準不適合の原発はまずは停めるべしというのも、フクシマの教訓であるはずだ。だが、どうやら更田委員長は基準不適合を認めたくないらしい。

フクシマの教訓に背を向けた判断

更田委員長が再び法務担当者に尋ねた。

「本件の場合、工事を要するとしたときに猶予期間って設けられるの? (火山灰の)層厚を評価し直したら建屋つぶれちゃうとなった時点で基準不適合状態が生まれちゃう。その状態でも運転は可能か不可能か?」

猶予期間というのは、新知見によって想定リスクが引き上がった、あるいは規制委が引き上げた基準を満たすよう追加の安全対策を電力会社に求めるという「バックフィット」における対策完了までの期限を指す。これは定期検査で停止中にのみ工事を実施する前提であり、裏返せば、基準不適合だからと言って、運転を停めるつもりはないということになる。

法務担当者が「基準不適合だからと言って、必ず停止しなければいけないということはない」と答えると、更田委員長はこう結論を出した。

「②は正義にもとるというなら、そんなもん停まろうが何しようが①でいくとなるけど、そういう話でもなさそうだしね。そこで停める、停めないって話になると改善というのはできない話になる」

いくぶん言い訳めいて聞こえるのは、フクシマの教訓に背を向けた判断であると自覚しているからだろう。

翌週12日の定例会合では規制庁から②案だけが提示された。担当者が「大山は活火山ではないので、停止は求めないとしてはどうかということでございます」と付け加えると、5人の委員から異論は出ず、わずか5分ほどの議論で②案が認められた。一方、秘密会議の議論は約50分間。どちらが本当の意思決定の場であるかは明白だった。

規制委の報告徴収命令を受けて、関電は2019年3月29日、3原発の火山灰想定を最大で約2倍に引き上げる報告書を提出。1週間後の4月5日、規制委は関電に直接意向を尋ねる公開会合を開いた。報告書の内容を確認するやり取りが1時間近く続いた後、規制委の担当者がおもむろに切り出した。

「現在は設計層厚として3発電所とも最大10センチということで許可を受けている。この結果を受けて、関西電力さんとしては原子炉設置変更許可申請を行うと考えてよいですか?」

秘密会議の配付資料に沿って、自発的に申請するよう関電に促した。これなら規制委は「基準不適合」と認めなくて済み、原発反対派から差し止め訴訟を起こされる懸念も小さい。

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