病気の時こそ「こうあらねばならない」を手放そう 何でも自分でやるのではなく周りの人を頼って

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すると、吉田さんはしばらく考え込んで、次のように答えました。

「父によると、小さいころの私はやんちゃでわがままな娘だったそうです。変わったのは、12歳のときに母が病気で亡くなってから。仕事をしながら私と2歳年下の弟を育てていた父は、大変苦労をしていました。そんな父を見て、心配かけてはいけない、迷惑をかけてはいけないと考えるようになり、家事を手伝うようになりました」

私は、「吉田さんなりに、家族を守ろうと頑張られたのですね」と声をかけると、吉田さんはうなずきました。そしてこう続けました。

「父が『恵理ちゃんが手伝ってくれてとても助かるよ』とほめてくれると、とてもうれしかった。母はとてもしっかりした人だったので、子供心ながらに、母の代わりになろうとしていたのかもしれません。父からは『そんなに頑張らなくてもいいよ』と言われるぐらい、しっかりすることに拍車がかかってました」

家族を支えようと一生懸命だった吉田さん

その話を聞いた私は、家族を支えようと一生懸命だった、吉田さんの小さいころを想像しました。それまでは、吉田さんはなぜそこまできちんと家事をこなすことに執着するんだろうと不思議に思っていましたが、そのエピソードを聞いて、腑に落ちたのです。

そして、「吉田さんのその考え方は、子どものころの経験からできあがってきた。“お父さんに迷惑をかけないよう力になりたい”と、小さいころから頑張られたのですね」と伝えると、心なしか吉田さんの目に涙が浮かんでいるようでした。

「しかし、どうでしょう」と私は言葉を続けました。「今はご主人や娘さんを頼っても、吉田家は十分やっていけるんじゃないですか」。

すると、吉田さんはしばらく考え込んだあと、「そうかもしれませんね。主人も娘もとてもやさしいから、甘えてみようかしら」と答えました。ご自身をがんじがらめにしていたmustから少し解放されたのか、吉田さんの表情はこころなし柔らかくみえました。

実は、筆者自身も強いmustにしばられていた経験があります。

団塊ジュニア世代の私は、管理教育全盛期のなかで「社会の役立つ人間にならなければだめだ」という価値観が芽生え、その期待に応えようとしてきました。若いころはそのmustに従って努力ができていましたが、中年期になり、気づいてみたらその価値観に強く苦しめられている自分がいました。

歳をとるにつれて、だんだん体力や気力がなくなり、頑張れなくなった自分を責めるようになりました。精神科医である私は、自分の問題を頭では理解していたわけですが、幼いころに芽生えた潜在意識は非常に強固で、そこから自分を解き放つのは容易ではありませんでした。

外来を訪れるクライアントさんのなかには、比較的簡単に「今はそこまで完璧になろうとしなくていいですね」と、自分を解き放てる人がいる一方で、強固なmustが太い根を張ってしまっていて、簡単にはその考えから逃れられない人もいます。

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