「あなたはがんになって、手術と抗がん剤といった大変な治療を受けてきました。体がまだ本調子に戻らないのも、家事が以前のようにできないのも当然のこと。申しわけないと思う必要はありませんよ」
それでも恵理さんは「いえ、自分が怠け者だから、ダメなんです」という主張をゆずりません。
恵理さんのように、自分には厳しいまなざしを向けてしまう人の場合、視点を変えてみることを提案することがままあります。このときは、次のような質問を投げかけました。
「こういうたとえは夫の和夫さんには悪いのですが、もし、和夫さんががんになられて、手術し、抗がん剤治療を受けたとします。その後、和夫さんの体調が戻らず、十分に仕事ができないことで、『本当に自分は情けない。妻や娘に対して申しわけない。すまない』と、ご自身を責めていたとしたらどうでしょう」
すると恵理さんはしばらく考え込んだあと、こう答えました。「病気になったのはあなたのせいじゃないんだから、慌てないでゆっくり休んでって言います」。
その返事に私は、「そうですよね。和夫さんが自分と同じ状況だったら、そのようにやさしく声をかけるのに、ご自身の場合だと自分は情けないと思い、厳しい視線を向けています」。そして、なぜ自分にやさしくなれないのかという問うと、恵理さんは「わからない」と首を横に振ります。
この日の診療はこれで終わりにし、恵理さんには次の受診日までに「なぜ自分をそこまで厳しく律しようとしているのか」を考える宿題を持ち帰ってもらいました。
最近よく耳にする「自己肯定感」とは?
このところ、さまざまな場面で見聞きする機会が増えた言葉に、「自己肯定感」があります。
がんなどの重い病気になったり、大切な人との別れなどネガティブなライフイベントが起きたりしたときは、誰でもつらく、悲しい思いをするものですが、自己肯定感は、その人がその状況としなやかに向き合っていくために、大変重要な役割を果たします。
では、みなさんは「自己肯定感が高い人」というと、どんな人を想像するでしょうか。
自信満々に見える人、収入が多い人、友人が多くて社交的な人、周囲に必要とされている人……。さまざまな人物像をイメージするかもしれません。しかし、今挙げたような要素は、自己肯定感の高さと関係することはあっても、本質的なところではありません。
自信満々そうな人が虚勢を張っていることもありますし、すべてを兼ね備えて完璧に見えていても、「自分はダメ人間」と自分を肯定できず、もがき苦しんでいる人もいます。
では、本質的に自己肯定感が高い人とはどういう人をいうのでしょう。それは、「どんなときでも、自分は自分でいいんだ」と思える人です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら