――キャストの人たちとは役作りについて話したのでしょうか。
主人公・利根を演じる(佐藤)健君と話したのは、「理不尽に対する怒り」です。彼は、原作を読んで撮影に入って来ていたので、最初からその怒りを今回の演技の本質にしようとしていました。
この映画には、大切な人を護れなかった阿部寛さん演じる笘篠が健君演じる利根に対して「ありがとう」と言うシーンがあります。被災地の人たちにも映画を観てもらったのですが、そのシーンは心を打ったようです。あの場であの言葉が出て来るとは思わなかったと。ただ、言われた利根は非常に厳しい顔をしている。利根はお礼を言われても、まだ釈然としないという気持ちなんです。
本当はその「ありがとう」を受ける利根の表情は脚本ではエモーショナルに描かれていたのですが、彼はそういうふうには演じなかった。感情を抑えて「やり切れない」という表情をしています。
健君はそうやってやり場のない「怒り」を最後まで表現しようとしていたのかもしれません。
円山を演じた清原(果耶)さんも、まだ若いのですが、終始演技の中にゆるぎないものを感じました。細かい説明はしませんでしたが、役を演じきってくれたと思います。
物事の両面を見る
――本作はもちろん、『ヘヴンズ ストーリー』(2010年)、『64-ロクヨン-』(2016年)、『友罪』(2018年)、『楽園』(2019年)もそうでしたが、犯罪を扱う作品に数多く取り組み、中でも法を犯さざるをえなかった加害者の視点に立って社会の矛盾を描いてきました。
それについてはあるエピソードを思い出しました。電気もまだ通っていない2011年の8月にプロデューサーとして参加した『石巻市立湊小学校避難所』(2012年)の上映で地方の映画祭に行ったときのことです。
そのときにお客さんから「この映画には、テレビのドキュメンタリーでよくやっているような『丘の上の家』の人と『丘の下の家』の人、わずかな距離の差で助かった人と助からなかった人がいる、というようなことは一切描かれていないが、それはなぜなのか?」という質問がありました。
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