「小学生になったら専業主婦」アジア圏の衝撃実態 取材も経てわかった共働きの「不都合な真実」

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シンガポールの言語政策の影響もあり、祖母が話すのは中国語の方言、子どもが学んでいるのは英語とマンダリン……とコミュニケーションがうまくとれないというケースもあった。

ここでコメントを引用した人たちは、大人になって子どもを産んだ後に全員、専業主婦になっている。ほとんどが高学歴で、夫も同じ大学で出会ったなどで高収入であるため経済的に余裕があるという事例が中心だが、中には夫は平均的な収入で4~5人子どもがいるものの、塾や習い事、メイドなどに一切お金をかけずに、家族で暮らす生活が満足だという人もいる。

共働きの不都合な真実

アジアの子育ては、時に親族ネットワークによって支えられているからと、日本よりも孤立しづらく、葛藤が少ないと言われる。日本のような「親の手で」という規範がなく、祖父母に預け出稼ぎすることもできる、と。しかしそれは、子どもにとっても理想的なものだっただろうか。

もちろん親族ネットワークに支えられた結果、自分も前向きに共働きを選び取っていくというケースにも出会った。しかし、共働きの親に育てられた子どもたちが親になったとき、彼らの親には子育て経験がなかったり、いまだに現役で働いていたりして、子育ての手助けを借りられないこともあり、共働き世代の反動としての、専業主婦世代が出てきている可能性がある。

彼女たちは、親の時代、状況がそうせざるをえなかったことも理解している。親と軋轢があっても今は和解している人が大半で「そうは言っても親はケアしてくれていたけど」「感謝している」と口にする。

しかし、当時の寂しかった思いが、“階層移動”をした彼女たちに「自分の子どもには同じような思いをさせたくない」「自分は母にいてほしかったから、今私は子どもといてあげたい」と思わせたとしても不思議ではない。

両立支援策が整っておらず、祖父母や親族のネットワークが何とか共働きを支えていた時代。その反動で、今の親たちは、できれば子どもの近くにいてあげたいと願う――。

母親が教育熱心になる理由を説明する理論の1つに、親自身が受けられなかった教育を子に受けさせたいと願う「補償仮説」というものがあるが、当事者たちの語りを聞けば、親たちが補償したいのは教育ではなく、むしろ親子の時間ではないだろうか。

親たちがハードモードの共働きであると、反動として子どもたちは専業主婦志向になる可能性がある。このことは「共働きの不都合な真実」だと、私は思う。

育児資源がどれだけ豊富で、「親の手で」規範が薄くても、そこでの子どもの体験が満たされたものでなくては、次の世代の規範を保守化させる可能性がある。そして、なぜ女性ばかりが専業主婦になることを選ぶのか、父親たちは何をしているのか。次回はいよいよ夫婦の分担や男女格差についてレポートする。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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