一見、詰め込み型の“旧来型学力”に力を入れてきた印象も強いシンガポールだが、政府は1997年に「考える学校、学ぶ国民」政策で、試験のための勉強から、革新力、創造力などを重視する姿勢を示すなど、教育改革を行ってきた。シンガポールのみならず、東アジアでは受験戦争からの脱却への問題意識も加わり、各国政府が教育改革を実施しているのだ。
その変化を体感している親もいる。小学校1年生の娘を持つ中華系シンガポール人の母Kellyさん(仮名)は、「今の子どもたちはマイクを持ってプレゼンテーションをしたり、チームワークを鍛えるために、色分けをしたグループで共同の課題に取り組む。最終的にいい成績を残したグループは表彰するような取り組みがあったり、30年前よりも内容は実用的になってると思う」と話す。
習い事でも競争が激化
しかし、この「“旧来型学力”だけではダメ」という言説は、新たな競争を巻き起こしている側面もある。
シンガポールでは、前回記事でも書いたように「試験のストレスは減ったほうがいい」「学校の成績がすべてではない」と考えている親は多い。では彼らが試験・成績等の“旧来型学力”以外で何を身につけさせようとしているか。
創造性などの“新しい能力”は測りにくく、またどのような努力をしたら身につけられるのかも曖昧だ。そこで、割とわかりやすく向かいがちなのが、スポーツや音楽などの習い事なのだ。
たとえば、現在専業主婦のCathelineさん(仮名)は、自分を「典型的なシンガポーリアン」と呼び、息子を妊娠したと同時に、評判のいい小学校の近くに家を買った。勉強はもちろんだが、子どもたちにはテコンドーや水泳など、複数のスポーツをやらせて、自分でも「私こわいでしょ?」というほど子どもたちを「プッシュする」と自称する。
息子は、ある競技の国代表になったことがあり、新型コロナの流行前は、たびたび海外の大会に出場するほどの実力の持ち主だ。
彼女に言わせると「習い事は、Well rounded(オールラウンドのような意味)教育みたいなもの。テコンドーは私が大好きで、水泳もいずれ兵役のときに身体的タフさが必要になるから。(国代表になっている)競技は本人が情熱を覚えられるもので、やるなら1番になってほしいから私はそのサポートをする」
ここでCathelineさんの言う「1番」は、クラスや学校の「1番」ではなく、国際大会に出られるレベルの1番だ。よりよいコーチがいると聞けば、そこに連れて行く。もちろんCathelineさんのケースは極端だ。金銭的余裕がなければ難しいし、金銭的余裕があるシンガポール人が皆このようにしているわけではない。
しかし、熱心に習い事に向かわせているのは、多くの親に共通する傾向だ。冒頭登場したKellyさんの娘は、年長の時点で算数と中国語以外に、保育園内の習い事であるレゴロボティクス、そして保育園外で英語のフォニックス教室、水泳、ピアノ、右脳トレーニング、スピーチ&ドラマなどの習い事に通っていた。“旧来型学力”だけではなく、スポーツ、音楽、表現する力やSTEAMをまんべんなく伸ばそうとしているわけだ。
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