44歳で妻に先立たれた男「闘病記」に懸けた人生 1万冊集めたネット古書店がリアル文庫で残る

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膨大な闘病記を収蔵する闘病記図書館パラメディカ(筆者撮影)
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故人が残したブログやSNSページ。生前に残された最後の投稿に遺族や知人、ファンが“墓参り”して何年も追悼する。なかには数万件のコメントが書き込まれている例もある。ただ、残された側からすると、故人のサイトは戸惑いの対象になることもある。
故人のサイトとどう向き合うのが正解なのか? 簡単には答えが出せない問題だが、先人の事例から何かをつかむことはできるだろう。具体的な事例を紹介しながら追っていく連載の第9回。

闘病記の収集、読み込み、分類に人生を費やした

妻の死後、あまりにも大きな喪失感にとらわれ、自分自身が精神的に危ないのではないかと感じていた。そんな私を救ってくれたのも、妻との関係で読み始めた闘病記だった。
(「闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと」より)

静岡県の伊豆高原に、闘病記だけを集めた「闘病記図書館パラメディカ」という私設図書館がある。蔵書は公称7000冊だが、整理しきれていないものまで含めると1万冊を超えるという。民家を改装して並べた書棚には、「乳がん」「胃がん」「難病」「子ども」など、カテゴリーごとの札が貼られており、細かな付箋が貼られた本も多い。大手出版社から刊行された著名人の本もあれば、流通経路がわからない自費出版のものもある。これらを収集し、読み込み、分類したのはただ1人の男性だ。

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星野史雄さん。伴侶の病をきっかけに闘病記を集めるようになり、1998年に闘病記専門のオンライン古書店「パラメディカ」をオープンした。自身も2010年に大腸がんが発覚。そのあとも収集を続け、闘病記が持つ重要な価値を世に発信し続けた。その思いは後継者を呼び、亡くなって5年経ったいまもこうして私設図書館のかたちで維持されている。

星野さんにとって闘病記集めとは何だったのか。なぜ没後に引き継がれるほどの強い力を宿せたのか。星野さんが残した足跡から探ってみたい。

星野さんが同い年の光子さんと結婚したのは28歳のときだった。早稲田大学の大学院で中国文学を研究しながら別の大学の嘱託職員として働いて生計を立てていたが、やがて2人分の生活を支えるために予備校の講師に転職。仕事も肌に合い、夫婦と愛犬で悠々自適に暮らしていた。

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