44歳で妻に先立たれた男「闘病記」に懸けた人生 1万冊集めたネット古書店がリアル文庫で残る

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以降はもっぱらチェーン店巡りに明け暮れた。1年経つ頃には調査エリアを東京と埼玉から千葉、神奈川、栃木、群馬まで拡大。予備校の退職金や光子さんの保険支払金が書籍代と交通費に消えていくのと同時に、自宅の居住スペースは闘病記でどんどん埋まっていった。

自宅に戻れば大量の蔵書をひたすら読み込む毎日。いつしか乳がん以外の闘病記も集めるようになっていた。病を通して自分の人生を振り返るものや、将来同じ病にかかった人に向けて発信するもの、医療行為の不満を綴ったもの、闘病を支える家族が後悔や反省をつづったものなど、さまざまな人間の思いが飛び込んでくる。

なかには営利主義の似非(えせ)療法を推奨する怪しい本もあり、見つけるたびに除外した。また、重要な情報には付箋を貼り、ときにマーカーも引いた。読むたび、集めるたびにコレクションの純度は増していく。学生時代に学んだ書誌学の技術で丁寧に分類していくと、自宅のスペースの半分が闘病記専門の書庫になっていった。

「オンライン古書店 パラメディカ」を開設

この膨大なコレクションをどう生かそうか。自宅を図書館や書店に改装するのは現実的ではないが、オンライン古書店ならいけるんじゃないか。折しも世間はWindows 98が発売されて、インターネットが盛り上がっている。そうしてオープンしたのが「オンライン古書店 パラメディカ」だった。

1998年10月10日、サイト開設にあたり、星野さんはこう記している。

医療の世界は少しずつ変わりつつあるようです。医師から病名の告知がなされ、患者も時には他の医師の意見も求める。
そんな時代に、同じ病気の患者さんが直面した問題の記録(患者サイドからの総合的なカルテ)として、“闘病記”は貴重な資料と思えるのです。
(「パラメディカ」>「パラメディカ開店の理由」より)

ほかに類を見ない古書店は話題を呼び、メディアでもたびたび取り上げられた。注文も全国からコンスタントに届くようになり、最盛期は1カ月で50~60冊の注文を受けるまでに成長。とはいえ、収益化する気はさらさらなかった。生活費と闘病記収集の資金は、父から受け継いだ雑居ビルの賃貸料と、退職後に得た女子大の非常勤講師の仕事でまかなえている。

オンライン古書店「パラメディカ」(2006年頃のアーカイブ)

星野さんにとってパラメディカは稼業ではなくライフワークだった。休日になると自然とチェーン店に足が向かう。自らを“闘病記オタク”と自称したりもした。

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