ダメなリーダーほど「事なかれ主義」に陥る理由 幼稚な「集注欲求」に囚われていませんか?
この連載でも何度か紹介していますが、集注欲求というのは「他人からの注目を集めたい」欲求のことです。生まれたての赤ん坊が、空腹や不快感を訴えるために泣くのと同じように、大人になっても、他人からの関心をひこうとする欲求が人間にはある。
こうした欲求を未成熟な状態で持ち続けている人が、リーダーになるとどうなるか。普通に考えると、他人の関心をひくために、何か新しいことをやって目立とうとするのではないか……、と思われるかもしれません。でも、実際の企業では往々にして、集注欲求の強いリーダーほど「事なかれ主義」になりがちなのです。
なぜなら、集注欲求に囚われている人にとっては、「他人から賞賛されること」よりもむしろ、「他人から批判を受けたり、非難されたりして、地位を追われることを避ける」という欲求のほうが、ずっと強いからです。
失敗を恐れず、リスクのある新しいことに取り組む決断をする。本気でそういうリーダーを望むのであれば、子供っぽい集注欲求からはある程度解放されていて、他人からの評価に一喜一憂しない人間的成熟が必要だということになるでしょう。
ただ、僕自身はそれにもう1つ条件を加えたいと思っています。それは「自分で自分を説得できる力があるかどうか」ということです。
まずは自分自身を説得すること
チームの中で、どのようにリーダーシップを発揮するのか。上に立つ人間はどのように振る舞うべきなのか。『アベンジャーズ』や『アイアンマン』『キャプテン・アメリカ』といった、マーベル・シネマティック・ユニバースが作るヒーローものの映画シリーズは、こうしたリーダー論の基本を学ぶための、よい教科書となります。
こうした映画を組織論として見ていて気づくのは、それぞれの映画のヒーローであり、リーダーである主人公たちは、決して自分から望んで「リーダー」になろうとしたわけではない、ということです。アイアンマンにしても、キャプテン・アメリカにしても、他人から請われ、その思いに応えることで、結果としてリーダーとして振る舞っている。