「日雇い労働者の街」でカフェを営む女性の真意 「ゆるすまち、ゆるされるまち」の日常

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高校3年生になると学校にもそれなりに通うようになった。文芸部で詩を作る傍ら、嶋本さんとの交流がきっかけでNHKの『YOU』『土曜倶楽部』という若者のトーク番組の関西版に出演するようになる。写真家の橋口譲二さんの写真集『十七歳の地図』でも被写体となった。

高校の制服に民族衣装のようなリュックを背負い、通学する女子高生。先生たちには、見た目も行動も「変な子や」と認知され、逆にお墨つきを得て行動しやすくなった。

母の味左子さんはテレビ出演や写真のこと、学校のことも、淡々と日常のように受け止めた。「自由にやりたいことをやればいい」と常に娘を見守り続けていた。

そのころ、ある出会いが上田さんの世界観を揺さぶった。全国の学生ボランティアが集まる合宿に参加したときのことだ。そこに来ていたベトナム人の18歳の女の子は上田さんにこんな話をした。

「ほんの数か月前、“内紛がひどくなった国を出る”と突然、家族に言われて月夜に海岸まで走って船に乗った。海岸には120人くらいいて、4艘の船に分かれて出発したけれど、2艘が沈んだ。私の乗った船は宮崎県の漁船に助けられ、今は県内の教会に身を寄せている」

上田さんに淡々と語る瞳の奥には怒りや悲しみ、決意が見えた。最後に彼女は「私はこれから勉強して国を追われた人を助ける仕事がしたい」と言った。上田さんは返す言葉を見つけられなかった。

私はすごく居心地のいいところで生まれ育って、社会に参加することや働くということがまだよくわからなかったんです。その出会いに衝撃を受けて学校に戻ると、何事もなかったように勉強最優先の日常が待っていた。世界では同年代の女の子がこんなに大変な状況に置かれているのに、自分には何もできないじゃないかと苛立ちました

ことばの力を信じるも、休職へ

そのとき上田さんが書いた詩に「知った者は死刑だ」というフレーズがある。ベトナム人のあの子のことを知る前の私にはもう戻れない。知っても何もできない。それまでと何も変わらない友達や大人たちに勝手に疎外感を覚え、苦しむ自分を持て余した。

「“あなたの人生、問題ですね”って言われたらいい気はせえへんでしょ。だから、問題解決じゃなくて、その人ならではの素敵なところを見つけたい。『弱さを力に』がキーワードかな」とココルームのテラスで話す上田さん(写真:週刊女性PRIME)

あのときはただつらかったけど、ことばに書き残したことによって、その感覚を何度も思い出せるし、今の私の活動の原動力にもなっている。最近、ことばに表す意味を改めてとらえ直しています

高校卒業後、芸術系の短大のデザイン学科に進学。京都でひとり暮らしを始め、「人はなぜ表現するのか」を考え続けた。

近所の京都大学西部講堂に入り浸り、芝居やパフォーマンスの裏方にも関わった。そこでは京都の学生や若者たちがさまざまなイベントを企画からすべて自主管理、自主運営で行っていた。上田さんにとって「管理されていない状況でどう動くかを試すことができる初めての場所」だった。

短大卒業後はコピーライターとして就職し、9年間勤務した。仕事と並行して西部講堂の裏方も続けていたが、その後うつのような症状に悩まされ、仕事を1年間休むことになる。

仕事に復帰してからも2年ほどは体調が悪かった。自律神経失調症だった。

そのころの私は好奇心だけは強いけど、どこかきまじめで、本当は不安で緊張していて、揺れる感情をどうしていいかわからなかった」(上田さん)

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