「闘う独創研究者」西澤潤一博士が逃した大魚

「ミスター半導体」の功績を振り返る

そののち2009年のノーベル物理学賞は、光ファイバー関連の研究に対して与えられた。具体的にはチャールズ・カオ(高錕)のグラス・ファイバーの研究、ウィラード・ボイル、ジョージ・スミスのCCDの発明に対して与えられた。

チャールズ・カオはITT傘下のスタンダード・テレコミュニケーション・ラボラトリーズ(STL)の研究者であった1966年に米国電気電子技術者協会(当時はIEE後にIEEE)のプロシーディング誌に「光周波数における誘電体ファイバー表面導波路」という論文を書いている。これがチャールズ・カオのノーベル賞の主たる授賞理由となった。

この論文の引用文献の先頭にはR.E.コリンの『Field Theory of Guided Waves』という本が載っている。ああ、そこにルーツがあったのだと思った。私も若い大学院生のころ、友人達と読破したことを懐かしく思い出した。

西澤博士は2009年当時、ノーベル賞候補と期待されていたが、惜しくも逸した。特許係争などで海外論文誌への投稿が遅れたこともネックになったのだろう。特許出願自体はチャールズ・カオより2年早かったのだから海外論文誌へ投稿しなかったことが惜しまれる。

2014年の青色発光ダイオードがノーベル物理学賞に輝いた時にも、「高輝度の赤色LED、黄色LED、緑色LEDは東北大学発だったのに」と残念がる声があった。

次第に管理者・教育者へ

西澤博士は1983年東北大学電気通信研究所所長を3年務め、その後、1989年に再び所長に就任している。

以後も精力的に半導体の開発研究に取り組むが、1990年東北大学名誉教授、また同大学総長、1998年には岩手県立大学学長、2005年には首都大学東京学長になられ、管理運営者として、大学の研究体制や独創性を喚起する教育体制に力点を移して、強い指導力を発揮された。

また西澤博士は、政府の各種諮問機関の委員も務め、大所高所から日本の将来の技術開発方針や教育問題についても積極的に発言した。著書も1980年代から1990年代にかけて増加した。残念なのは、当時の元気な発言の詰まった著書が、古本でしか入手しにくくなっていることだ。

西澤博士は、その業績に対して1974年に日本学士院賞、1989年に文化勲章、1983年文化功労者、2002年 勲一等瑞宝章を贈られるなどの顕彰に輝いた。とはいえノーベル賞を受賞できなかったことが原因なのだろう、知名度があまり高くない。その能力の高さの割に不運が多い「悲劇の研究者」だったといえるだろう。

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