「闘う独創研究者」西澤潤一博士が逃した大魚

「ミスター半導体」の功績を振り返る

西澤博士は1948年に東北大学工学部電気工学科を卒業したが、実はこの1948年という年は、半導体工学が黎明を迎えた年である。

1947年12月16日、米国のAT&Tベル電話研究所のジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテンは、点接触型トランジスタを発明した。特許申請は1948年6月17日である。ウィリアム・ショックレーは、点接触型トランジスタの発明実験には積極的には参加しなかったが、実用性の高い接合型トランジスタの構想を持っていた。ショックレーは1951年に接合型トランジスタの特許を米国特許2569347として取得。紆余曲折の後、3人は1956年にノーベル物理学賞を受賞した。

ショックレーは、1950年に『半導体中の電子と正孔(邦訳:半導体物理学)』という本を出版して一躍、世界的に有名になった。ショックレーが西澤博士に与えた影響は小さくなかったように思われる。

東北大学は独創的研究で有名だった

西澤博士は東北大学大学院特別研究生を経て、1953年に同大学電気通信研究所助手、1954年に同研究所助教授、1962年に同研究所教授となった。

東北大学は、非常に強力な磁石であるKS鋼(研究資金を提供した住友吉左衛門に感謝して、彼のイニシャルをつけた)を開発した金属材料研究所の本多光太郎博士、第2次世界大戦中に連合軍が接収した際に驚嘆したとされる八木アンテナの八木秀次博士(工学部)など、独創的研究で有名である。研究に必要な装置を一から自分達で作っていくことで知られていた。よその真似をしないことで、独創性の伝統が培われることになるわけだ。

【10月28日8時00分追記】記事初出時、本多光太郎博士について電気通信研究所の所属と記していましたが上記のように訂正しました。

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