物理学者の墓を訪ねて考えさせられること 墓参りとはきわめて個人的な行為である

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新緑の季節は特に気持ちがいい(撮影:梅谷秀司)

世に渋い趣味は数あれど、極めつきの渋いやつとなると、「掃苔」ではないだろうか。「掃苔」は「そうたい」と読む。苔を掃除する。つまりは墓参りのことである。

何を隠そうぼくも掃苔愛好者だ。特にお気に入りは青山墓地で、これからの新緑の季節は特に気持ちがいい。職場のホワイトボードに「打ち合わせ 青山」などと書いて外出しているときは、ほぼ例外なく仕事をサボって青山墓地を散歩しているなんてことは、絶対に会社には知られてはならない秘密である。

だが、本書『物理学者の墓を訪ねる』の著者、山口栄一氏に「墓参りがご趣味ですか?」などと訊くと、きっと怒られてしまうだろう。物理学者の著者にとって、世界を変えた物理学者の墓を訪ねることは、偉大なる先人の魂を少しでも身近に感じるための神聖な行為なのだ。

入念な下調べからスタートする墓参り

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著者の墓参りは、観光ついでにちょっと立ち寄るなんて生易しいものではない。それはまず入念な下調べからスタートする。というのも、ヨーロッパの墓地はとてつもなく広いからだ。特にドイツは森の中に墓地があることが多く、墓参りはすなわち森林散策となる(マックス・プランクらが眠るゲッティンゲンの墓地の写真などはため息が出るほど美しい)。しかもあらかじめあたりをつけて行っても、墓地の管理人が場所を知らないというケースもあるという。実際に著者はハイゼンベルグが眠るミュンヘンの森林墓地で、管理人にハイゼンベルグ誰それ?と言われ、途方に暮れた経験を持つ。下調べに念を入れて入れすぎることはない。

そのうえで墓参りにはひとりで行くのが著者の流儀だ。ヨーロッパは基本的に土葬なので、地中にはそのまま遺体が埋まっている。足元に世界を変えた偉大な人物が眠っているのだと思いながら、著者はそこに眠る人物との交感を試みるかのように、柔らかい土の上にそっと指を伸ばす。そうして満ち足りたひとときを過ごすのだという。

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