東京医科大学の不正入試、女性入試差別の問題で改めて注目されている、医学部入試。この連載の前々回では「『別れの手紙』を書かせるとわかる医師の資質」と題し、医学部小論文の新傾向として、ユニークな出題を紹介した。「3年間交際し、結婚の約束をした相手に別れの手紙を600字以内で書く」という内容なのだが、一見すると、受験生のどういう能力を探ろうとしているのか、にわかに解き明かせない出題であった。
この問題に象徴されるように、面接も含め医学部2次試験で問われる内容は、このところ難化傾向にあると言ってよい。背景で問われている主題はストレートには表に出ない問題が増加しているのだ。ここに来てその趨勢には拍車がかかることが予測されよう。2次試験の採点に手心を加えていた東京医大の失態を受け、各大学が2次試験のあり方に神経質になり、評価を今まで以上に厳密に行う可能性がある。
具体的には、各大学において、特に論文の採点で厳正さが強まることが予想されよう。女子受験生の更なる参入も含め(私の周りには今回の件を「好機」と受け止めている女子受験生が多い)、来春の医学部2次試験の選抜は難化することが推測される。
難度高い自治医科大の小論文問題
そこで今回は、「『別れの手紙』を~」と同様、難度の高い小論文を題材に、「医師の資質」と「医学部入試」の関係性について考えてみたい。取り上げるのは、2016年度自治医科大学の小論文で、多くの入試問題に接してきた筆者の目にも極めて興味深い内容である。
課題文は藤原てい氏の自伝的小説で戦後の大ベストセラー『流れる星は生きている』を素材としている。抜粋部分(以下、偕成社文庫の新版『流れる星は生きている』より)には、終戦後まもなく夫の赴任先である満州から日本本土を目指し、朝鮮半島を南下する途中で、ジフテリアに罹患した長男正広ちゃん(当時5歳)が病院で血清を打ってもらうまでの顛末がリアルに描かれている。
ときは昭和21年(1946年)の5月。その当時、血清の値段は1000円と高価だったが、母親に持ち合わせの金はなく、知人が金策に走るも300円を集めるのがやっとで、シベリアに連れ去られた夫のロンジンの時計だけが手元に残るという状況だった。その頼みのロンジンの時計も、どこを回ろうと買取価格が250円にしかならず、金策に走った知人があきらめて持ち帰るありさまであった。
このような状況下で、診察室で1000円もの血清代は持ち合わせがないと申告する母親に対し、医師はお金のことを話題にせず、黙々と血清の用意をし、ジフテリアに罹患した正広ちゃんにその血清を打つ。打ち終わると、医師は「もう大丈夫ですよ」と告げ、母親は一言礼を述べると、ただただ泣くばかりだった。その後は処置代に関して、ありのままに話す母親に向かって、長男に血清を打った医師は不思議な行動に出る。「250円の時計を見せてください」というと、自分がそのロンジンの時計を1000円で買うことにして、自ら血清の代金を支払ったのだ。
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