《財務・会計講座》金融政策とファイナンス理論~NPVと金利の関係~

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 さて、日本銀行は景気浮揚のため2001年以来、超低金利政策を採り、短期金利をゼロとしてきた。長期国債も0.5%程度と極めて低い水準で推移した。しかしながら日本の景気は低迷を続けた。短期金利はゼロ、長期金利も0.5%程度と極めて低い水準にありながら何故日本の景気は低迷を続けたのであろうか。

 それにはまず、景気低迷が起こる理由から考えていこう。将来の経済成長に対する企業の期待(期待成長率)が低下すると、収益機会の減少が見込まれることから、企業の設備投資意欲は減退する。これによって実態経済も弱まり、景気が悪くなり、これが更に将来の経済成長に対する期待を弱めるという悪循環(これをデフレ・スパイラルと言う)が発生する。この悪循環を金融面で断ち切ろうとするのが金融政策である。議論を簡単にするためNPVを算出する際の割引率をゼロとしよう。r=0であればNPVは極めて大きいプラスの数字となり、投資は活発化するはずである。

 しかし、日本経済は低迷を続けた。この謎を解く鍵はインフレ率にある。日本銀行がゼロ金利政策を採っていた2001年以前から日本経済は低迷し、デフレに陥っていた。つまりインフレ率はマイナスと言うことである。

 「実質金利=名目金利−インフレ率」で示される。名目金利がゼロであってもインフレ率がマイナスであれば実質金利はプラスとなり、なかなか投資NPVの引き上げには貢献しない。これはデフレ下における金融政策の限界を示している。この状況を解消するには、(1)名目金利をマイナスにする、もしくは(2)インフレ率をプラスにする、の二つの方策がある。

 名目金利をマイナスにすることは不可能に思われるかもしれないが、1976年ごろスイスでは通貨投機防止を目的として、銀行に一定額以上の預金をすると預金者は銀行から金利を請求された時期がある。これはマイナスの金利水準を意味している。しかしながら、国家として名目金利をマイナスに維持することは政策面からは困難を伴うことが多い。

 もう一つの方策は一定のインフレ率を維持することである。これは「インフレ・ターゲット政策」と呼ばれているものであり、政府もしくは中央銀行が一定のインフレ率を公表し維持することを政策目標として掲げ、それが実現するよう貨幣供給を増加基調に維持する。1988年のニュージーランドによる導入を契機に世界の数カ国で実施されている。英国でも1992年9月の欧州通貨危機を契機としてインフレ・ターゲット政策を導入し、一定のインフレ率目標(2003年以降は2±1%)を掲げ、持続的な景気拡大を維持しようとしている。ただ、インフレは往々にして加速しやすく、これを一定の範囲内に維持するには中央銀行の固い決意とインフレ調整のノウハウが必要とされる。したがって、国民そして企業が政府や中央銀行の固い決意とインフレ調整能力に対して厚い信用を置いていないと実行は難しい。

 日本でも「失われた10年間」を経てようやく景気も戻りかけてきたが、世界的なサブプライム問題の発生や原油を含めた資源価格の急上昇によって、景気は逆戻りしかけている。斜陽といわれた英国経済を救ったのは政府主導による経済の再活性化とそれを金融面で支えたイングランド銀行であるが、日本経済を再活性化するためにも主導力を持った政府と強い日本銀行の出現が望まれよう。

 次回もNPV法を基に議論を進めます。

《プロフィール》
斎藤忠久(さいとう・ただひさ)
東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。
株式会社富士銀行(現在の株式会社みずほフィナンシャルグループ)を経て、株式会社富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所株式会社)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。
その後、ナカミチ株式会社にて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。
その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在株式会社エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務コーポレート・サービス本部長。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2008年8月26日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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