「そのフランス人上司は2人の女の子のママなだけに、『子どもがいるから……』なんて言い訳は、逆に一切、通用しないんです。『まさか時短なんて取らないよね』と暗黙の前提がありました。双子のママであるシンガポール人上司も、復帰早々『再来週、シンガポールに飛んで』なんて容赦ありませんでした。うっかり『子どもが……』なんて言おうものなら、『最悪、連れて来なさい』なんて言われちゃうから、太刀打ちできませんよ」
実際、篠田さんはお子さんを連れて海外出張したことがある。それも、第2子が生後3カ月のときだ。
「たまたま夫の仕事も重なって、置いていけなかったのです。行き先はプーケット島(タイ)だったので、仕方なく当時4歳の上の子は現地でキャンプに入れましたが、息子はそれが嫌だと音を上げる。これにはお手上げで、結局、一緒に会議に出るしかありませんでした(笑)」
「いい会社」だけど、面白くない?
乳飲み子と保育園児を抱えての激務は、容易ではない。ましてや、慣れ親しんだ社風、仕事のやり方が一新したのだから、当時の猛烈な忙しさとプレッシャーは察するに余りある。
「仕事は先回りして進めることができますが、子どもはそうはいかない。さあ準備は済んだ、いざ会社に行きましょうって朝も、子どもって玄関でいきなり吐いたりするじゃない? それでまた15分遅れるなんてことはしょっちゅう。でも、修羅場をいっぱい経験したことで、突発事項が起きたときの腹のくくり方とか、これだけは絶対に外してはいけないという仕事における判断力が上がった気がしますね」
たとえば、同じ報告書を作る仕事でも、上司が求めているのは、スピードなのか、それとも丁寧に作り込んだ完成度なのかを見極める。ワーキングマザーは、この判断を間違えると、つい家庭でもイライラしてしまい、それが子どもに伝線し、ひいては、家庭の雰囲気が殺伐としてしまう惨事に陥りがちだ。だから、篠田さんは「押さえどころはどこかを、つねに見ることは重要」だとアドバイスする。
ネスレは歴史ある、いわゆる「いい会社」だった。子どもを会議に出しても、嫌な顔をする人はひとりもいなかった。だが、篠田さんは「自分の生き方と社風が合わなかった」と語る。
「ネスレは世界に100を超える拠点に28万人を超える巨大企業ですが、世界中の戦略を動かすのは、1000人程度の幹部だけという少し閉鎖的ともいえる会社でした。そして、この幹部グループに入れないことには、永遠に中間管理職。仕事の変化や発展の選択肢が狭まります。私も、エリート集団に入れそうな気配はあったのですが、大企業の中で職位が上がり、責任範囲が増えていくことが、全然、面白くないと気づいちゃったのです」
そんなとき、篠田さんの頭の中には、マッキンゼー時代の男性の先輩に言われたこんな言葉がこだましていた。
「『子どもを預けてまで働くからには、面白い仕事がしたいよな?』という言葉です。そのとき、私は自分が思っていたことを言語化してくれたようでうれしかった。そのことを、思い出したのです」
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