「ほぼ日」の母が、40代で最高に輝ける理由 母の正念場は、言い訳のきかない40代?

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銀行で4年間、市場資金部で資金担当などの仕事を経験した。

「全然ダメな銀行員でした。事務仕事では、ゴム印ひとつまともに押せないでポカミスを連続。加えて、短期金融市場での資金繰りという仕事も、1日の中で上がった下がったと、何が面白いのか、よくわからなかったのです」

リスク管理の仕事に異動させてもらい、仕事は面白くなった。だが、もとより、20代で留学すると決めていた。「大学に行くのと同じ感覚でした」と屈託なく笑う。

「当時の慶應経済学部のゼミの先輩は、みなさん社費でMBA留学していたの。だから、私ももちろん行くと思っていました。そういう時代だったのです、本当に。

でも、そのときは、国連や世界銀行など国際機関で働いてみたくて、国際関連の修士に行くかビジネススクールに行くかで迷ったけれど、どちらも選べなくて、全体に二兎を追うタイプの私は、3年で両方取れるプログラムに行くことにしたのです」

当時は、まだまだ日本の会社に男女差別が色濃く残っていた時期でもあった。だから、キャリアに箔を付けたい思いもあった。

「長銀は男女で残業をしていい時間が違って、たとえ総合職でも女性は男性より長く残業してはいけなかった。私だけ、生産性を上げろってこと?と、人事にかみついたこともありましたね(笑)。とにかく、『私はまともなビジネスパーソンです』って世間に説明するのに手間がかかる。だから、『まともの証明』になるMBAが欲しかったのです」

長銀を退社して、留学先が決まったと同時に、長銀時代の1歳上の先輩と結婚もした。こんな幸せな人がいるのだろうか。

「私が留学すると言ったら、結婚の機運が高まっちゃったの」

なんとご主人も長銀を退職して、同じビジネススクールに入学。新婚生活は、机を並べて、猛勉強する毎日だった。

「どちらとも私費留学だったので、2年間で1人1000万円の大出費、夫婦無職でおカネだけ出ていく生活だから、貧乏でしたねぇ」

マッキンゼーの採用担当にスカウトされて、夏休みには東京オフィスでインターンを経験した。

「そのときの責任者の方が私を買ってくださって、筋がいいと褒めるんです。今まで全然仲良くしていなかったウォートンの同級生も、『マッキンゼー行くんだって?』と寄って来るし。それで、勘違いしちゃった。私、イケてるんだって(笑)。バカよねぇ」

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