「ほぼ日」の母が、40代で最高に輝ける理由 母の正念場は、言い訳のきかない40代?

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40歳にして、篠田さんはまた「私にとって“面白い仕事”とは何か?」という原点に戻ってしまった。

仲間が持ってきた、「ほぼ日」との縁

そんな頃、マッキンゼー時代の同僚が、「糸井重里さんの事務所に遊びに行かない?」と声をかけてきた。彼女は、篠田さんが、「ほぼ日」のファンだということを覚えていてくれたのだ。

こうしてあこがれの糸井氏と接見。そのうち糸井氏から「こんなプロジェクトをやりたいんだけど、採算は、どうしたらいいかな?」などと、相談を受けるようになった。

月1~2回ほど、東京糸井重里事務所に赴き、手弁当でプロジェクトを手伝うようになると、すぐに「ああ、この仕事楽しい」と実感するようになった。そのうち、「ウチに来てくれない?」と糸井氏から正式に入社を誘われ、「渡りに舟」とばかりに入社を決めた。

あれから、5年――。篠田さんは、「40代になって初めて、自分はこういうことがやりたかったのだと確信できる仕事に巡り合えた」と断言する。

「私は独自の価値観があって、その価値をものすごく大事にする組織が好きなんだと気づきました。若いときって、昔の私のように、銀行出身だから金融とか、人事がやりたい、マーケティングに興味があるなど、職種や業種で仕事を選びますよね。でも、実際働いてみると、自分にとって何が大切な基準かは、業種や職種だけではない。その会社が大事にしている価値観と、自分の価値観が合うかどうかが大切なんですね」

現在の肩書きはCFO(財務の長)だが、その仕事内容は財務、経理から人事制度作り、会社のルール作りまで多岐にわたる。糸井氏が篠田さんに求めたのは、「個人事務所から組織への脱皮」だったが、実際に、会社は変わりつつあるようだ。

「それまで、あまりに仕事が個人に依拠していたため、一人ひとりの仕事が大変そうでした。だから、私は簡単なルールを作って、いちいち個人が悩まずに済む仕組みを作りました。たとえば、商品をいくつ製造するかを決めるときは、いちいち糸井に相談に行くのではなく、毎週何曜日の何時に定例会議を開いて、誰と誰と誰の合意で決めましょう、なんて取り決めを作ったりね」

会社をPRする機能もなかったから、篠田さんは事業の広報的役割も買って出た。商売っ気がない社風ながらも高収益を上げる同社の成功の秘密をより世に伝えたいと、画期的なビジネスモデルの企業を表彰する一橋大学主催の「ポーター賞」に応募。見事、受賞を勝ち取ったりもした。

今後の目標について聞くと、「この会社でまだまだ、やりたいことがある」と、目を輝かせる。

次ページ自分”まるごと”と、組織の価値観は合うか?
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