その一方で、父親が都心からわが家のある郊外に戻ってくると、ちょっと1杯飲める居酒屋などの居場所が少ないのが特徴だった。多摩ニュータウンでは、入居開始から20年ほど経った1996年にようやく「おちあい横丁」という小さな居酒屋街を多摩センター駅近くの小さなビルの地下に申し訳程度につくったが、あまり繁盛したとは思えなかった。それは、郊外住宅地が、子育て中心の健全な空間として整備されたことに起因するのだ。
たしかに1970年代までの都心部は、生活環境として、特に子育て環境としては相応しくなかった。交通事故が多く、空気が悪く、緑が少なく、町工場がまだ多くて騒音もあり、盛り場には不穏な雰囲気がまだあった。だから、子どもを健康、健全に育てたいと願う親たちが新しい清潔な郊外に住まいを求めるのは当然だった。
だがよく考えてみると、子どもに健全な環境が必要なのは生まれてからの15年程度であり、長い人生の中では一部である。しかも、子どもの人口が減り、男性たちが定年退職し、母親たちが会社勤めをし続ける現在においては、あるいは男女ともに在宅勤務が今後広がるとしたら、子どもを中心とした、飲み屋も喫茶店も少ない健全すぎる郊外住宅地の空間では、大人たちは満足しないだろう。
そういう郊外がつまらないから、30~40代の若い世代が都心に出て行ってしまうのだとも言える。郊外の中でも比較的住宅地的な街より繁華街的な街の人気があるのもそのためだ。
もちろん、ハモニカ横丁そのものだとにぎやかすぎて落ち着きがないから、もうちょっと住宅地らしい落ち着いたものがいいだろう。古い空き家をリノベーションしたり、誰かの家を“住み開き”(住宅をパブリックスペースとして開放すること)したりして、住民自身によるコミュニティバー、コミュニティスナックとして運営するのがよいのではないか。それは常設である必要は必ずしもない。たとえば毎週金曜日の夜だけオープンするなど、柔軟な運営をすればよいのだ。
閑静な住宅街で開かれる、月1回開催のスナック
横浜市西区にある閑静な住宅街の中にある地域開放型シェアハウス、「CASACO(カサコ)」はその実験例だろう。住宅地の中に建つ築60年の民家をリノベーションして、2016年4月にオープンした同所では、周辺住民などによって夜にバーやスナックを開くイベントが月1回ほど行われている。
カサコを設計し、運営にも参画している建築家tomito architecture(トミトアーキテクチャ)の冨永美保、伊藤孝仁の両氏はこう語る。
「地域のために何かしたいというより、自分たちが会いたい人に会うためには夜のほうが都合がよいので、おいしい物を食べながらイベントを開催して、自分たちの友人や地域の人たちが集まってくれる場をつくるためにスナックを始めました。自分たちや料理が得意な人などが作ったものを食べながら音楽を聴いたり映画を見たりといったことを毎月やっています」
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