醍醐が最も気を遣うのは、伝える「間合い」だ。宇宙飛行士が何か作業を必死に行っているときに声をかけると、作業のペースを崩すことになる。とはいえ、チェックポイントを伝えないと「もっと早く言ってくれればよかったのに」と後で言われかねない。
そのタイミングと言葉のかけ方は、今でも試行錯誤だ。「きぼう」内に宇宙飛行士の様子を写すモニターカメラはあるが、1カ所にしかなく解像度も悪いので、実際の手元の様子がわからない。
宇宙飛行士の動きがぴたっと止まったりすると、『助け船出したほうがいいかな』と迷う。行っている作業の複雑さにもよるが、少し待って醍醐は声をかけることにしているという。実際、2012年にISSに滞在した星出飛行士には、絶妙のタイミングで相手の求める情報を提供でき、「今聞こうと思っていたところだよ」と感謝されたという。
肝っ玉母さんを“演じる”
声をかけるタイミングとともに、醍醐がつねに自らに課しているのは「平常心」だ。
「宇宙で異常が起こったときは、地上の管制センターは騒然としてピリピリとした緊張感に包まれます。でも同じ緊張感で宇宙飛行士に話しかけても、余計に不安をあおるだけ」
緊急事態で焦っても、メリットはひとつもない。「だからまずは平常心を保って、話を聞ける状態を作るのが自分の役割」(醍醐)
若田飛行士は宇宙でトラブルが起こったとき、地上の交信担当のどっしり落ち着いた声がオアシスのように感じたそうだ。苦境にあるときこそ、交信担当者は「肝っ玉母さん」を演じ、相手に心理的余裕を与えることで、窮地を脱することもできるのだ。
交信担当は宇宙と地上をつなぐパイプ役であるとともに、宇宙飛行士にとって砦でもある。管制官や実験を行う研究チームからは、宇宙飛行士に対して「これを伝えて」、「あれを確認して」という要望が殺到する。しかし、すべてを伝えれば宇宙飛行士を混乱させかねない。
声で伝えられることは限られる。「困っていることがあれば仕草でわかります。逆に地上で私たちが困っているときも、『何か助けることある?』と宇宙から声をかけてくれる」
「伝える技術」の根底にあるのは、相手の立場に立って信頼関係を築くこと。そしてひとつの大きな目的に向かうという共通の目標設定だ。
そこをしっかり築くことができれば、宇宙と地上という空間も時間の壁も超えられる。もしかしたら、地上の同じ部屋で机を並べながら、意思疎通を欠く同僚同士より、しっかり心を通い合わせることができているのかもしれない。
(撮影:風間 仁一郎)
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