東浜が入学したばかりの頃、生田が目を見張る出来事があった。
400mのランニング練習中、スピードが不十分だった東浜にある2年生が「しっかり走れ!」と怒った。すると東浜は、「これを全力で走ったからって、ピッチングのどこに関係があるんですか?」と聞き返したのだ。
一般的な野球部には、伝統的な上下関係が存在する。亜細亜大学は、大学球界屈指の厳しい練習で知られるチームだ。
そんな環境の中で東浜は信念を貫いた。練習の意味を意識せずに走っていた2年生と異なり、東浜は9回を投げ切るスタミナをつけるため、一定のスピードで400m走を繰り返した。自らの課題を補うべく、先を見て練習し、上級生にも自分の意見を主張できる姿に生田は感服した。
教えられたことはすぐ試す
トップに上り詰める野球選手の多くには、共通する要素がある。そのひとつが人の意見に耳を傾け、いい物は取り入れるという姿勢だ。生田は、東浜と亜細亜大学の他の投手の違いはそこにあると指摘する。
「東浜のいいところは、いろいろな人に話を聞いて、教えてもらったことを試します。やってみて、自分に合わなければ元に戻す。ほかのピッチャーはやらないんですよ。『僕はこれしかできません』って。だから進化しない」
前述の野球ノートに、東浜がこう書いてきたことがある。
「テレビで江川(卓)さんが、『バッターの好きなコースの近くに弱点がある』と話していた」
直後、東浜はストレートを高めに投げる練習を繰り返し、奪三振数を伸ばした。
先を見据えて計画的に努力し、いいものを貪欲に吸収しようとする向上心こそ、東浜を大学ナンバーワン投手に至らせたのだろう。
だが、どうしても越えられない壁があった。
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