東欧やロシアではかつての社会主義体制にノスタルジアを感じる人が多い。
ウクライナとベラルーシでは「社会主義経済体制を肯定的に評価」する国民がそれぞれ90パーセントと78パーセントだった。「1989年が遠ざかるほど、共産主義だった過去の経済的安定と平等に対するノスタルジアは増えた」(271頁)のである。ロシアでは66パーセントの市民がソ連崩壊を惜しんでいる。
ロシアでは鎌と槌のイラストをロゴにしたテレビチャンネル「ノスタルジヤ」が2004年に開局した。ここはソ連時代の放送をそのまま再放送している。当時のニュースや天気予報(!)までそのままに。
ドイツでも事情は同じで、東ドイツ時代のテレビ放送がDVDで販売され、国民車だったヴァルトブルクとトラバントも再発売されている。
英国ではNHS(国民保険サービス)に対するノスタルジアが「左派のノスタルジア」の代表例である。NHSは「単なる医療サービス以上の存在で、国のアイデンティティの中心、国民と国家の主要な交流の場であり、単体でイギリス最大の雇用主」(279頁)であり、「イギリス人にとって宗教に最も近いもの」(279頁)だそうである。
いずれも過去の社会主義的な政策が施行されていた時代は(貧しかったかもしれないけれど)公平性と平等性が配慮されていたことを回顧している。
脳を活性化させる「嗅覚」ノスタルジア
ほんとうにもう紙数がないので、あとはさらに駆け足。
私たちは過去の記憶を現在の事情に合わせて改変する。これは誰でも知っている。現在の自分の感情や考え方と整合するように、それを補強するように私たちは過去をそのつど書き換える。私たちが過去のある時点にノスタルジアを感じるのは「それは自分が好きで楽しかったことを選択的に思い出しているにすぎない」(297頁)。
でも、興味深い科学的事実がある。それは「ノスタルジアが経験されるたびに、脳の一部が活性化している」(298頁)という事実である。「ノスタルジアが感じられるときにはドーパミンが海馬に放出されており、それによって特定の記憶や出来事を思い出す能力が向上することが示唆された」(299頁)のだそうである。
きっかけになる入力は「嗅覚」が「視覚」より強力だということもこの時期に発見された。「ある匂いを一瞬かぐだけで、大人を幼年時代に戻らせることができた」(300頁)。それは「匂いに関わる脳の領域――嗅球――は記憶を担当する他の領域の近くにある」(300-301頁)からである。
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