臨床的な実験からわかったことは、ノスタルジアは人を悲しい気持ちから救い出す効果があるということである。
「ノスタルジアが引き起こされると、孤独感がやわらぎ、死の恐怖が薄れる場合がある」(305頁)のなら、「感情的に孤立していて不満を感じている人にとって、ノスタルジアは意味と目的意識を作るツールとして使うことができる」(305頁)。
ノスタルジアが「楽観性を引き上げ、意欲を刺激し、創造力を豊かにする」(306-307頁)なら「現在から目を背ける現実逃避どころか、ノスタルジアは到達可能な未来を示してくれる」(307頁)ことになる。
ノスタルジアは現在では認知症の高齢者に対する介入として日常的に利用されている。
それだけではない。組織論としても利用されている。「大きな組織や産業が抱える最たる課題の一つは、人々に私利私欲を抑えて集団の利益に尽くしてもらうことだ。個人的ノスタルジアは人に社会的関係を思い出させてつながりの感情を育むことができるので、自分が働く組織全体や同僚のためになる行動を進んでしようという気にさせると期待される」(312頁)。
私たちは自分たちの属する組織の「創立何周年」行事をこまめに行うけれど、それはノスタルジアが「つながりの感情」を強化することを経験的に知っているからである。
ノスタルジアは未来を拓くツールでもある
ノスタルジアの「右派」的な政治的利用が目立つせいで、私たちはノスタルジアの退行的・反動的な効果ばかりに目をやるけれども、「ノスタルジアそのものは、退行一辺倒ではなく、急進的にも改革的にもなりうる」(330頁)。著者はそう結論している。
ノスタルジアは「感情的なツール」なのである。ただ、効果がきわめて劇的なので、その取り扱いには慎重を期すことが必要だ。私はこの著者アーノルド=フォースターの結論に全幅の賛意を表する。
この本はとてもよく書けていると思う。読んでいて「ここはちょっと言い過ぎでは」とか「論理の飛躍がある」と思った箇所が一つもない。それだけ著者の知的抑制が利いているということである。「感情の歴史」を書くためには書き手自身が感情的に成熟していることが必須の条件であるなら、これは大人にしか書けない研究書である。
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