でも、そのときの経験がきっかけで、がんへの意識が高まっていた私は、「もしかして、これは……」と、すぐに受診する決心ができました。おなじみの産婦人科を受診したところ、精密検査のできる大学病院を紹介され、細胞診の結果、「乳がんです」と告げられました。
最初はもちろんショックでした。「えっ、なんで私が?」という思いが押し寄せてきました。「家族にもがんになった人はいないし、今までこんなに元気だったのに……」と。
でも、その直後に真っ先に思い浮かんだのは三男のことでした。
長男は大学生、次男は高校生。でも三男はまだ小学生。「この子が中学を卒業するまでは絶対に生きなきゃ」と思いました。「あと5年ください」と神様に祈ったのを、今でもよく覚えています。
幸いなことに、ちょうどその時期、予定されていた大きなコンサートが延期となり、スケジュールに1週間ほど余裕ができていました。
9月末に乳がんと診断を受けてから、すぐに治療の手続きを進め、10月1日に手術を受けることができたのです。その日は、偶然にも「ピンクリボンデー」――乳がんの早期発見・早期治療を啓発する日でした。
いくつもの偶然が重なって、私は命を救ってもらったのだと、今では心から感謝しています。そして私は、あえてがんになったことをオープンにすることに決めました。がんを“隠すもの”にしたくなかったのです。
悪いことをしたわけでもないのに、どうして後ろめたさを感じなければいけないのか――そんな気持ちが強くありました。
ありがたいことに、公表したことで多くの方から励ましの声をいただきました。「私も乳がんになったけれど、あなたの笑顔に勇気づけられました」「この機会に検診に行こうと思いました」。そんな言葉の数々に、私自身が救われたのです。
わが家の「インドカレーの日」
とはいえ、気持ちが落ち込むときがまったくなかったわけではありません。そんな私を見かねたのか、入院先の病院の先生が「一度、外に出て好きなものを食べてきてください」と仮退院の日を設けてくれました。
どこに行こうかと迷いながら、近所を歩き回った末、ふと立ち寄ったのが、以前から何度か訪れたことのあるインドカレー屋さん。入店すると、マスターが笑顔でこう言ってくれました。
「おー、アグネスさん、元気そうですね!」
彼は私が乳がんで入院していたことを知りませんでした。でも、その一言が本当にうれしくて。
「ああ、私は周りからは元気に見えるんだ」「気にしているのは自分だけかもしれない」と思った瞬間、心がスーッと軽くなった気がしました。それ以来、わが家では毎年10月1日を「インドカレーの日」と名づけて、家族でカレーを囲むようになりました。
今でもこの日は生きていることのありがたさを嚙みしめる、大切な日なのです。
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