「今日からお前が母親だ」突然、親の介護・家事を背負った18歳。元日テレアナウンサー町亞聖さんが語るヤングケアラーの「問題」<前編>

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「どんな状態でもいいから、助かってほしい」

家族全員が祈るような気持ちで、母親の手術が終わるのを待った。

前日まで元気だった母親が頭痛を訴えたのは、朝だった。夕方になっても症状は治まらない。父親の運転する車で病院へ行ったが、夜間は専門の医師がいないため、翌日検査を受けることに。診断の結果はくも膜下出血で「非常に危険な状態」だった。

緊急手術を受けて母親は一命を取り留めたものの、右半身に麻痺が残り車いすの生活になり、言葉を話せなくなった。

突然のできごとに途方に暮れる町さんに向かって、父親が言い放った言葉が「今日からお前が母親だ」だった。

この日から町さんは母親の介護と家事、きょうだいの世話に追われることになる。弟は当時中学3年生(15歳)、妹は小学6年生(12歳)だった。町さんは大学受験どころでなくなり、浪人を決めた。

19歳の頃の町さん。ヤングケアラーとしての日々を送る(写真:町さん提供)

それでも予備校に通い続けた

それからは病院では入院している母親の食事介助をし、家では料理や掃除、洗濯をこなす。家計も管理し家賃や駐車場代を支払ったり、役所に通い障害年金の手続きや高額療養費の申請をしたりした。弟や妹の入学式や卒業式にも出席し、教師との三者面談にも出た。

受験勉強ができるのは介護や家事の合間だけ。それでも英語と小論文だけ予備校に通い続けた。

一般的に、病院では特別な場合を除いて、家族の泊まり込みは許可されていない。だが、「父は母のことが心配でたまらず、病院に寝袋を持って行って寝起きしていたので、家には子どもたち3人だけになって。あのときは『私が何もかもやるしかない』との思いだけでした」。

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