奈良「龍神の里」の小さな宿が「割と人気」の理由。子ども時代「すごく嫌だった」実家の民宿、2代目が廃業寸前で引き継ぎ再生させるまで
また新型コロナウイルスの影響で、日本中の宿泊施設が苦境に陥っていたとき、予想外の事態が起きた。コロナ禍から屋外で遊べる場所として、民宿にほど近い場所にある「室生山上公園芸術の森」に突如、人気が集まったのだ。
発端は、K-POPアイドルグループ「SEVENTEEN」のTHE8さんが、公園内のモニュメントとともに撮影した写真をInstagramに投稿したことがきっかけだった。

「うちの宿はランチ営業もしてるんですけど、そのK-POPアイドルは食事できる場所を求めてうちにも来てくれたんです。ですが、予約制なので対応できず、お断りしてしまって……。うちの娘から『なんで断ったの! 聖地になったかもしれないのに』って怒られました(笑)」
SNS効果で若者層の室生に対する関心が高まり、里に一軒しかない民宿としてSNSで紹介されるようにもなった。コロナ禍において、近場での旅行先を求める関西圏の人たちからの予約も増えた。
こうして、オリジナルの体験型プランと宿の大改装で、新しいリピーター客を生み出すことができた。昨年から今年にかけて「龍巡りプラン」は約1万円の値上がりを行ったが、常連客の波は途切れていない。公庫からの借り入れも滞りなく返済できており、数年で完済できる予定だという。
「値上げしても申し込んでくれるのは付加価値を感じてくださっているからだと思います。ただ、家族経営ですから、ホテル並みのサービスとはいきません。例えばトイレは各部屋にありません。そこは負い目を感じますけれど、“民宿”というスタイルは変えないで、こだわっていこうと思います」
室生愛に生きる民宿オーナー
コロナ禍の全国旅行支援なども重なり、一時期は盛り上がりを見せたものの、全体的な観光客の減少傾向は変わらない。ただ、山本さんは「むしろ、それくらいがいいのかもしれない」と語る。
「例えば、京都は新しいものをどんどん取り入れていて、素敵です。一方、奈良はさりげなくて、地味。
でも、静かな里に泊まりたいっていう人も最近多いんです。日本通のヨーロッパの方は『日本のスピリチュアルな場所に行きたいから』と、空港からそのまま奈良に来て、秘境に行く人もいる。時代が“奈良”っていう場所を求めてきていると僕は思ってます」
今年で56歳の山本さん。民宿を継いで8年が経った。体力も気力もある年齢だからこそ、民宿のオーナーとツアーの案内人ができているという。
父親は自分で育てた採れたて野菜を提供。母親は裏方に周り、料理で客をもてなしてくれる。だが、それがいつまで続くかはわからない。次なる一手も必要だ。
「料理を僕が担当できるようになれば、接客好きな母には"看板娘"になってもらってもええかもしれないね。僕には娘2人と長男がいるんですが、息子は『いずれここで』って話してくれています。
でも、別に宿を継ぐんじゃなくたって、この里で新しい事業を始めてもいいんじゃないかなって。まだ何をするかは言えないけれど、僕も今後に向けて新しい事業をやっていこうと思っています」

民宿の窓から見える室生山を見上げながら、山本さんはこう語った。
「春には、この山にぽつぽつと山桜が咲くんです。今まで当たり前のように過ごしてきたけれど、この年になるとね、“室生愛”がでてしまう。恵まれた里に生まれたなって思います」
この里で、山本さんは今日もまた、新たな物語の種をまき続けている。
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