「ラーメンの神様」に弟子入り《東池袋大勝軒の味を守る男》の凄さ―“自己流”の限界を突破するのに有効な“弟子入り”という学び方
消耗し切っていた田内川さんを信じて支えてくれたのは家族や従業員だけでなく、山ノ内町の町民たちだったという。北尾さんの新刊『ラーメンの神様が泣き虫だった僕に教えてくれたなによりも大切なこと』の中で田内川さんは次のように振り返る。
<「山ノ内大勝軒」は会社のピンチを救ってくれたけど、僕にとってそれ以上に大きかったのは、わずかな期間で多くの方々との深い信頼関係が築けたことです。ほんとうに信頼できる人間関係やコミュニティとの出会いは、お金では絶対に買えない資産です。>
この述懐に接してインタビュー中に黙り込んでしまったという北尾さん。次のように続けて書く。筆者が同書で一番好きな箇所なので、少し長めだが引用する。
<「山ノ内大勝軒」が、志賀高原エリアに定着し、通年営業までするようになった要因は味がいいことだけが理由ではなく、山岸という守護神がいるからでもなく、町との良好な関係が築けたことが大きい。
恋愛に例えるなら、お互い手探りで始まった山ノ内町と真介の関係が、フランチャイズ店の失敗や裁判騒動を乗り越えて、固く結ばれていったようなものだと思う。このとき私が黙り込んだのは、「人間関係こそ資産」だと言い切る真介に感動したからなのだ。>
師匠にも師匠ができた
人間関係の中でも上下関係は北尾さんが忌避するところだったはずだ。山岸さんと田内川さんの師弟関係を書こうと思ったことには、2013年に銃猟免許を取得した北尾さん自身に「人生初の師匠」ができたことが影響していると筆者は思う。その師匠とは上述のラーメン店『八珍』を営む宮澤幸男さんだ。
「ライターは自己流で何とかなってきたけれど、狩猟などの技術系は誰かに基本を習わなくちゃいけない。少なくとも僕は自己流では狩猟に出るのは不可能だった。でも、宮澤さんを師匠だと尊敬している理由は腕の良さだけではないよ。
宮澤さんは狩猟キャリア50年の凄腕なのに全然威張らないし、僕が弾を外しても『いつか当たるよ。狩猟は好きにやればいいよ』と笑っているような人。とにかく狩猟が好きで、楽しそう。(店の食材調達を兼ねている宮澤さんと違って)趣味で狩猟を楽しくやりたいと思っている俺に、長く続けてほしいと思ってくれていて、一緒にいる時間がものすごく楽しい」
一緒にいるとものすごく楽しい――。師匠の技術や知識だけではなく、人との接し方や働き方に至るまでを尊敬できるからだ。傍らにいると謙虚な気持ちになって少しずつでも成長していける前向きな気分になるのだろう。

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