警察官だった父親は、ナマズやウナギの独自研究に浸っていた増田さんの様子を見て心配したようです。
そこで、新聞の1行広告にあった家庭教師の募集を見て指導を依頼し、18歳の大学生が週1回家に来るようになります。それが中学1年生の1月でした。
家庭教師との出会いと、今に生きる学び
愛知教育大学1年生だったその家庭教師の青年は、名古屋大学を落ちて愛知教育大に行った人でした。だからこそ『おまえは行きたい大学に絶対に行くんだぞ』と増田さんに伝えていたそうです。
そして彼は、勉強そのものではなく、勉強のやり方と、勉強することの意義、将来の人生にどうつながるかについて、よく教えてくれていました。
「普段、家庭教師は僕に『教科書のここをやっとけ』とだけ言って、僕のベッドに寝転がって漫画を読んでいました。ですが当時、何の情報も持っていない僕に、授業のときのノートの取り方、成績の上げ方、いろんな大学やそれぞれの大学の看板学部の話などをしてくれました。
たとえば生物系だったら『九大は昆虫の研究で有名だ』とか『北大の鯨類研究は世界的に名高い』とか『東大は農学部に良い教授陣が揃っている』とか。そして『レベルの高いライバルに出会うには地元の春日井市の高校じゃなくて、絶対に名古屋市内の高校に行かなくてはだめだ』と言って、そのためには中部日本統一学力テストでどのくらいを取る必要があるか、内申点をどれくらい取るべきか、どういう点数の取り方をする必要があるかなどを教えてくれました。
野良猫に毎日餌を与えるのではなくて、自分で餌の調達をするにはどうすればいいかを示してくれたのです」
その家庭教師に言われたとおり、定期試験の10日前に試験当日までの計画書を作り、試験範囲の内容をノートにまとめ、論理的に理解していった増田さん。そして直前期には、暗記すべきところはひたすら暗記していました。
その甲斐もあって、家庭教師が来て1カ月ほどが経過した3学期の定期考査ではいきなり成績が学年200番から11番に上がりました。
「そうしたら先生たちがみんな驚いて、扱いが変わったんです。もちろん同級生たちからもすごいねと言われて、勉強を頑張ると気分がいいなと感じるようになりました」
この目標を設定して逆算する考え方は、小説家になった今でも生きているそうです。
有意義な出会いによって、学校の試験勉強をやるようになった増田さんは、残りの中学生活2年間も意識を変えて勉強に取り組んだ結果、名古屋市内の名門校、愛知県立旭丘高等学校に進学します。
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