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黄色い涙を流す幼女を看取った母の闘病手記 胆道閉鎖症で亡くなった娘と向きった4年間

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残る頼りは「胆道閉鎖症の子どもを守る会」だ。ノートを手にした経緯とともに茉友香ちゃんの名前と病院名、生没年を伝えたところ、多忙な合間を縫って過去の名簿を調べてくれると言ってもらえた。

そして数日後、Aさんと電話で話すことができたと連絡をもらった。Aさんはすでに守る会から離れていたが、会員当時の携帯電話を今も使っており、何度か発信したところついに通話ができたという。住まいも当時と変わっていなかった。当時の電話を解約していて、引っ越ししていたら、連絡を取れる手段は完全に失われていた。

ついにAさんと対話して

後日、筆者もAさんと電話で話すことができた。

Aさんはノートを「胆道閉鎖症の子どもを守る会」に託したことも忘れていたという。書いた記憶はあり、どこかで紛失、もしくは処分してしまったと思っていたそうだ。

Aさんは病院での生活が続くなか、同病で苦しむ子どもたちの親と一緒に同会に入会。茉友香ちゃんが亡くなった後は精神的なショックと身体の負担が重なって、半年ほど入院したという。入院中の日記をノートにまとめたのはその後のことのようだ。

「ずっと茉友香の後を追うことを考えていました。茉友香のところに行きたいというのはずっとあって。退院して、やっと立ち直りかけたのだと思います」

完成したノートは、同じ苦しみを抱える人たちに読んでもらうために「胆道閉鎖症の子どもを守る会」に託した。そのノートが巡り巡って、T医師の妻であり、胆道閉鎖症の娘を持つSさんの手元に渡ったということらしい。AさんとSさんとの面識はなかったのだ。

いまAさんは日記をつけていない。綴っていたのはあの3年10カ月と17日間だけだ。30余年の時を経てそのときのことを記したノートが現存していることを知ったAさんは、手元に置きたいと強く思ったという。

この記事のプリントアウトとともに、ノートをAさんにお返しする手筈は整えてある。社会に託された闘いのノートは、再び持ち主のプライベートな所有物へと戻っていく。その前に全文を読ませてもらえたこと、記事を書かせてもらえたことを感謝したい。

書き手の元に戻る闘いのノート

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