戦後、アメリカの「結婚」はここまで変わった

強制収容から同性婚が認められるまで

タケイ氏(写真右)と、夫のブラッド氏(写真中央)は、2008年に全米日系人博物館で結婚式を挙げた

それは私が5歳になったばかりのときだった。私の国であるアメリカ合衆国軍の兵士が、私の家族に銃を向けて家から出るように命令したのである。告発も、裁判も、適正な手続きもなく、私たちはただ祖先が日本人だったというだけで予告なしにロサンゼルスの家を追われ、競馬場の馬小屋に送られてその中で数週間過ごすことになった。

その後、私たちはアーカンソー州にある鉄条網で囲まれたローワー強制収容所に電車で連れて行かれ、その1年後には北カリフォルニアの別の収容所に移送された。これは太平洋戦争のきっかけとなった、真珠湾攻撃を受けて行われたことだった。

偉大さを失ったアメリカ

日系アメリカ人の収容は4年間続き、私たちは家、仕事、事業、貯金とこれまでに築いてきたすべてを失った。終戦後、再び家に帰って生活を始めるために1人に対してバスの乗車券と25ドルが与えられた。

戦時中収容された日系人12万人のうち、3分の2以上はアメリカ国民だった。アメリカの法律や憲法は、その法の下にある国民に平等な権利を与えるだけでなく、国民の自由を守ることを目的としているが、アメリカは強制収容という行為によって、自国の価値を裏切り、自国の法律の妥当性を傷つけたのである。

かつて私の父は、アメリカは偉大な国だと話していた。が、それは国民による民主制のことで、人々が偉大であれば国も偉大だが、その逆になることもあり得る。戦時中においては、恐怖と無知に飲み込まれた人たちが、私と私の家族、また数万人のアメリカ人を、ただ人種が異なるということだけで「違う人間」と見なしてしまったことで悲劇が起きた。

このような悲惨なことがアメリカで二度と起こらないように、私はこれまでの人生をささげてきた。過去数十年間、その理想には届かないようなこともたくさんあったが、それでもアメリカは少しずつ、自由を求める多くの人々に対して平等な権利や自由などを約束する努力をしてきているように見える。

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