そして、11月27日には、神社に参向して神々に対して幣帛を捧げる、宇佐神宮の奉幣使として京都を発っている。
大河ドラマでは、神楽の人長や奉幣使に任じられたことについて、まひろ(紫式部)が「11月はお忙しくなりますね、大事なお役目を2つも」というセリフで、忙しい夫をねぎらう場面もあった。
多忙さが知らず知らずに身体に障ったのだろうか。もしくは、さまざまな場所に出入りするなかで、疫病を患ったのか。いずれにしても、エネルギッシュな宣孝だけに、その死は式部にとって、よりショッキングな出来事だったに違いない。
将来が心細くて仕方がなかった
突然、夫を亡くした式部は『紫式部日記』で「年ごろ、つれづれに眺め明かし暮らしつつ」、つまり、「長い間することもなく、物思いに耽って夜を明かして、日暮れまでぼんやりと過ごしながら」と書いているように、放心状態にあったようだ。
最愛のパートナーを何の前触れもなく亡くした、という点では19世紀から20世紀への転換期に2度もノーベル賞をとった、科学者のマリー・キュリーも同じ経験をしている。夫のピエールが46歳で馬車の事故によって亡くなると、やはり茫然自失となり、こんな感覚に陥ったという。
「太陽も花も、もう好きにはなれません。見ると胸が痛むから。あなたが世を去った日のような暗い天気のほうがまだ心が落ち着きます」
式部もやはり失意のなかで、外の世界の変化についていけなかったようだ。自身の心境について「花鳥の色をも音をも、春秋に行き交ふ空のけしき、月の影、霜雪を見て、そのとき来にけりとばかり思ひわきつつ」として、こんな心境を吐露している。
「花の色も鳥の声も、春秋に移ろいゆく空の景色、月の光、霜雪などの自然風景を見ては、そんな季節になったのだなとは思いながらも……」
続く言葉として「<いかにやいかに>とばかり、行く末の心細さはやるかたなきもの」とあるように、先行きの見えない将来への不安だらけだった。現代語訳すれば、次のようになる。
「心に思うのは<いったいこれからどうなってしまうのだろう>と、そのことばかり。将来の心細さはどうしようもなかった」
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