ただし私の場合は、控えめに言っても、複雑な気持ちをぬぐえない。
私の論文で最も多く引用されているのは、広告にどんな見直しが必要かについて求めに応じて書いたもので、他の多くの研究者たちはそれがあまりにも極端な内容なので、自分の論文で反論しようと考えるのだと思う。
この論文の数字がそれほど大きい理由のひとつは、他の研究者たちがその内容に同意していないからなのだ!(ミカエル)
脳にある「数字ニューロン」
脳の頭頂間溝(IPS)には、数量を原始的な生き残り本能と結びつける数字ニューロンがあり、私たちを友好的な人に引きつける一方で、友好的でない人には近づかないようにと警告するから、自分が見ている動画を他の何人の人が見たかによって影響を受ける傾向があるのは、おそらくIPSのせいだ。
IPSはまた、私たちが他の人の意図をどう解釈するかも支配する。数字は他人の行動を「翻訳」して、賛成か反対かの総意に変えるので、私たちは賛成なら加わり、反対なら警戒することになる。
だが、他人の行動に意味は必要ない――この場合は、人々はただ投稿を目にしたというだけだ。おそらくとりわけ注意していなかったか、最後まで読まなかったか、どんな意見ももたなかったのだろう。反対の意見をもった可能性もある!
数字は人々にとって――まったく的外れな数字も含めて――重大な信号になる。ふつうは、2000人もの人と(たとえ20人でも)友達になるか逃げるかという、生死に関わる状況に陥りそうな人などいない。
アマゾン川流域で暮らす、5までしか数えられないムンドゥルクの人々と、1と2という数しか知らないピラハの人々が、数字なしでうまくやっているように、同時に最大5人について細かいことを把握していれば、おそらく十分だ。