積もる思いのどれほどを言い尽くすことができようか。暗いと名のついたくらぶ山なら、いつまでも夜が明けないだろうから、そこに泊まりたいところだけれど、その願いに反して夜は短く、逢わないほうがよかったとさえ思えるつらい逢瀬である。
見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちにやがてまぎるるわが身ともがな
(こうしてお逢いしても、ふたたびお目にかかれる夜はめったにない、夢のような逢瀬ですから、いっそこのまま夢の中に消えてしまいたい)
と涙にむせる光君に、さすがに藤壺も感極まって、
世語りに人や伝へむたぐひなく憂(う)き身をさめぬ夢になしても
(世間の語り草として人は語り伝えていくのではないでしょうか、自分では、この上なく不幸せな我が身を、さめることのない夢の中のものと思ってみても)
と返し、心は千々に乱れている様子である。それもまたもっともで、畏れ多いことである。
王命婦は脱ぎ捨てられた直衣(のうし)を搔き集め、呆然(ぼうぜん)と悲しみに暮れている光君に渡し、無言で帰りを促す。
自分の犯した罪の重さに震え上がる
自邸の二条院に帰った光君は、それから横たわって泣いてばかりいた。藤壺の宮に手紙を送るも、いつものように王命婦から、ご覧になろうともなさいませんとの返事ばかりがある。わかっていながらもひたすらに苦しく、正気ではないほど悲しみ、宮中へも参上せずに二、三日引きこもったままでいる。また具合でも悪いのかと帝が心配しているだろうと思い、そして自分の犯した罪の重さに光君は震え上がる。藤壺の宮もまた、なんとあさましい身の上だろうかとひたすら嘆き、どんどん具合も悪くなってきて、宮中から早く参内(さんだい)なさるようにとしきりにお使いが呼びにくるけれど、とてもそんな気持ちにはなれない。その具合の悪さもいつもとは異なり、どうしたことだろうと思いながらも、思いあたることがないわけではなく、ただならぬ不安を覚え、これからいったいどうなってしまうのかと藤壺は深く思い悩んでいる。暑いうちは起き上がることもままならない。
三月(みつき)にもなると、懐妊したことが人目にもはっきりとわかるようになり、お付きの女房たちもだんだんと気づきはじめてくる。なんとおそろしい因果だろうと藤壺は我が身を情けなく思わずにはいられない。
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