お仕えする女房たちは、まさかお腹の子の父が源氏の君だなどとは思いもせず、この月になるまで帝にご報告なさらなかったとは、と意外に思っている。藤壺の宮だけは、父はだれかということがわかっていた。お湯殿でも身近に仕え、何ごとも様子をはっきりわかっている乳母子(めのとご)の弁や王命婦は、これはただごとではないと思うけれども、互いに口にすべきことでもないので黙っている。王命婦は、どうしても逃れようのなかった藤壺と光君の宿縁を思い、なんということだろうかと内心で驚きおそれている。帝には、藤壺に取り憑ついていた物(もの)の怪(け)のせいではっきりせず、すぐには懐妊の兆候もあらわれなかったので、なかなかわからなかったと奏上したようである。女房たちもそれを信じた。帝は身ごもった藤壺をいっそういとしくだいじに思い、お見舞いの勅使をひっきりなしに送ってくるが、藤壺の宮はそれもまたひたすらおそろしく、あれこれと思い悩んで心の休まる時もない。
藤壺に逢いたい旨を訴えるが
光君も、ただごとではない異様な夢を見て、夢解きの者を呼んで夢の意味を尋ねた。夢解きは、まったく想像もつかない、あり得ないようなことを解いた。光君が天子の父となるだろうというのである。
「けれどそうしたご運勢の中には順調にいかないところもあり、ご謹慎せねばならぬことがございます」と夢解きは続け、厄介なことになったと思った光君は、
「自分の夢ではなく、さるお方の夢を語りました。この夢が事実となるまではだれにも話してはなりませんよ」と口止めし、いったいどういうことなのだろうと考えている。そんな折、藤壺の宮がご懐妊なさったという噂(うわさ)が聞こえてきた。もしやそれは自分の子で、夢解きの言葉とも関係があるのではないかと思った光君は、ますますせつなげな言葉を尽くして藤壺に逢いたい旨を訴えるが、まったく困ったことになったと責任を感じてもいる王命婦は、なんとも計らいようがない。それまでは、ほんの一行ほどのお返事も、たまにはあったものだったが、今ではそれもすっかり途絶えた。
七月になって藤壺の宮は参内した。しばらくぶりで目にする藤壺がしみじみといとおしく、帝の寵愛(ちょうあい)は以前にもまして深くなった。お腹もすこしふっくらとして、気分が悪かったせいで面やつれしているその様子は、やはり比べるもののないうつくしさである。帝は例によって昼も夜も藤壺の御殿にばかり出向き、音楽の催しも興が乗る秋の季節なので、光君もいつもそばに呼んでは琴や笛などを演奏させる。光君は懸命に隠してはいるが、こらえきれない様子であるのがどうしても漏れ出てしまい、光君につれなくしている藤壺の宮も、さすがにあれこれと思わずにはいられないのだった。
あの山寺にこもっていた尼君は、いくらか体調もよくなり、山を出て京に戻ってきた。もともと住んでいた、亡き夫、按察大納言(あぜちのだいなごん)の家である。光君は戻ったことを聞き、京の住処(すみか)にしばしば手紙を届けた。尼君からの返事は依然としてはかばかしくないが、それももっともなことに思え、その上ここの幾月かは藤壺(ふじつぼ)の宮のことばかり思い、ほかのことなど考えるゆとりもなく日が過ぎていく。
次の話を読む:尼君の最期と、遺された姫君へ募る光源氏の思い
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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