若紫 運命の出会い、運命の密会
無理に連れ出したのは、恋い焦がれる方のゆかりある少女ということです。
幼いながら、面影は宿っていたのでしょう。
忘れられない面影が恋しく
空一面に霧がかかり、いつもとは異なる風情(ふぜい)であるのに、その上、霜が真っ白に降りている。もしふつうの恋愛の後ならばこんな朝帰りももっと趣深いだろうに、なんだかもの足りなく感じる。そういえばこのあたりに、内密で通う家があったと思い出し、お供の者に門を叩(たた)かせるけれど、返事はない。仕方なく、お供たちの中で声のいい者にうたわせる。
朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも行(ゆ)き過ぎがたき妹(いも)が門(かど)かな
(明け方の空に霧が立ちこめて、あたりの見分けがつきませんが、素通りしがたいあなたの家の門です)
と、くり返し二度ばかりうたわせると、門の中から品のある下女が出てきて、
立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは草のとざしにさはりしもせじ
(霧の立ちこめたこの家の垣根のあたりを素通りできかねるのでしたら、門を閉ざすほど生い茂った草など、なんの妨げにもならないでしょう)
と詠み返して、引っこんでしまう。それきりだれも出てこないので、このまま何もなく帰るのも風情がないが、空もだんだん明るくなってきて、人に見られたら恰好(かっこう)悪いと光君は二条院に帰っていった。そしてかわいらしかった姫君の、忘れられない面影が恋しくて、ひっそりと思い出し笑いをしながら横になった。
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