父親に引き取られる前に…光源氏が固めた決意 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑨

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ほかの大勢とは比べものにならないくらいかわいらしい女童に出会い…(写真:Nori/PIXTA)
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」で主人公として描かれている紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 1 』から第5帖「若紫(わかむらさき)」を全10回でお送りする。
体調のすぐれない光源氏が山奥の療養先で出会ったのは、思い慕う藤壺女御によく似た一人の少女だった。「自分の手元に置き、親しくともに暮らしたい。思いのままに教育して成長を見守りたい」。光君はそんな願望を募らせていき……。
若紫を最初から読む:病を患う光源氏、「再生の旅路」での運命の出会い
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若紫 運命の出会い、運命の密会

無理に連れ出したのは、恋い焦がれる方のゆかりある少女ということです。
 幼いながら、面影は宿っていたのでしょう。

 

忘れられない面影が恋しく

空一面に霧がかかり、いつもとは異なる風情(ふぜい)であるのに、その上、霜が真っ白に降りている。もしふつうの恋愛の後ならばこんな朝帰りももっと趣深いだろうに、なんだかもの足りなく感じる。そういえばこのあたりに、内密で通う家があったと思い出し、お供の者に門を叩(たた)かせるけれど、返事はない。仕方なく、お供たちの中で声のいい者にうたわせる。

朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも行(ゆ)き過ぎがたき妹(いも)が門(かど)かな
(明け方の空に霧が立ちこめて、あたりの見分けがつきませんが、素通りしがたいあなたの家の門です)

と、くり返し二度ばかりうたわせると、門の中から品のある下女が出てきて、

立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは草のとざしにさはりしもせじ
(霧の立ちこめたこの家の垣根のあたりを素通りできかねるのでしたら、門を閉ざすほど生い茂った草など、なんの妨げにもならないでしょう)

と詠み返して、引っこんでしまう。それきりだれも出てこないので、このまま何もなく帰るのも風情がないが、空もだんだん明るくなってきて、人に見られたら恰好(かっこう)悪いと光君は二条院に帰っていった。そしてかわいらしかった姫君の、忘れられない面影が恋しくて、ひっそりと思い出し笑いをしながら横になった。

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