昨夜、光君と姫君に何があったのか惟光が不思議に思うといけないと思い、光君の訪れがないことの不満は言わないでおいた。
惟光も、いったいどういうことになっているのか、合点のいかない思いで戻り、事の次第を報告した。光君も姫君のことを思い、惟光を使いにやったことを申し訳なくも思うのだが、三夜続けて通うのはさすがにやりすぎのように思えたのである。世間に知られたら、身分にふさわしくない奇異な振る舞いだと思われるかもしれないと憚(はばか)る気持ちもあった。いっそ、こちらに引き取ってしまったらどうだろうと思いつく。幾度も手紙を送った。日暮れになると、いつものように惟光を遣わせる。
「いろいろと差し障りがありまして、そちらに参上できませんのを、いい加減な気持ちと思いでしょうか」などと手紙には書いた。
宮の邸に移る前に
「兵部卿宮さまが、急だけれど明日お迎えにあがるとおっしゃいましたので、気ぜわしくしております。今まで長年住み慣れたこのさびしいお邸(やしき)を離れるのも、さすがに心細く、女房たちもみな取り乱しております」と少納言は言葉少なに伝え、ろくに相手をすることもなく、着物を縫ったりとあれこれ忙しそうにしている。惟光は仕方なく戻っていく。
光君は左大臣家にいたけれど、例によって女君(葵(あおい)の上(うえ))はすぐにはあらわれない。光君はおもしろくない気持ちで和琴(わごん)を軽く搔き鳴らし、「常陸(ひたち)には 田をこそ作れ」と風俗歌を優雅な声で口ずさんでいる。戻ってきた惟光を呼び、邸の様子を訊いた。これこれと次第を聞き、まずいことになったと光君は思う。兵部卿宮に引き取られてしまえば、そこからわざわざこちらに迎えるのも好色めいたことになってしまうし、年端もゆかぬ少女を拐(かどわ)かしたと非難されるだろう、ならば宮の邸に移る前に、しばらく人にも口止めをして二条院に引き取ろうと決意する。
「明け方にあちらに行こう。車の支度はそのままにしておいて、随身(ずいじん)をひとり二人待機させておいてくれ」と言うと、惟光は了解した。
次の話を読む:荒れ邸から二条院へ、突如始まった少女の新生活
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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