かたときも離れようとしない怨霊がひとつ
左大臣家では、物(もの)の怪(け)が憑(つ)いているらしく、葵の上がひどく苦しんでいた。だれも彼もがひどく心配しているので、光君も気やすく忍び歩きをすることもできない。二条院にもそうそうは帰らなくなった。さすがに、正妻として格別に尊重している葵の上が我が子を身ごもって苦しんでいるので、光君としてもいたわしくてならず、左大臣家の自分の部屋であれこれと祈禱(きとう)を行わせる。物の怪や生霊(いきりょう)といったものが多く立ちあらわれ、憑坐(よりまし)に乗り移ってさまざまに名乗っていく中に、憑坐にもいっこうに乗り移らず、葵の上にひしと取り憑き、とくに激しく苦しめることもないけれど、かといってかたときも離れようとしない怨霊がひとつ、ある。たいそう験(げん)あらたかな僧の調伏(ちょうぶく)にもめげず、その執念深さは尋常ではないようである。女房たちは、光君がお忍びで通う先をあれやこれやと見当をつけ、「光君がとくに愛していらっしゃるのは六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)と二条院の女性でしょう、このお二人なら、正妻の葵の上さまへの恨みも深いでしょうね」とひそひそ噂(うわさ)をし合って、陰陽師(おんみょうじ)に占わせてみたりするが、ではだれかと特定もできずにいる。
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