尋常でない「怨念」生み出した、御息所の深い煩悶 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵④

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そのほかは、物の怪といっても、とくべつに深い敵というわけでもないようである。葵の上の亡くなった乳母(めのと)や、あるいは両親の血筋に代々祟(たた)り続けてきた死霊で、弱り目をねらって取り憑いたものなど、だれが主立ってということはなく、次々とあらわれては憑坐の口を借りてばらばらと名乗り出ている。葵の上はたださめざめと声を上げて泣き、ときどき胸を詰まらせては、こらえがたそうにもだえ苦しんでいるので、左大臣家では、どうなることかと不安に駆られ、悲しみに暮れながらうろたえている。

桐壺院(きりつぼいん)からもしきりにお見舞いがあり、畏れ多くも祈禱のことまで心配りをしてくれるので、ますますみな女君をたいせつに思い、嘆き悲しんでいる。

「葵」の登場人物系図(△は故人)

以前よりずっと痛々しい様子

世の中のだれも彼もが、葵の上の身の上を案じ心を寄せているという噂を聞いて、御息所は心中穏やかではなかった。今までは、これほどまでの敵愾心(てきがいしん)など持っていなかった。あの日のつまらない車争いのことで御息所の怨念に火がついたとは、左大臣家では思いもしないのだった。

あまりにも深い煩悶(はんもん)のせいで、正常の心ではいられなくなってしまったように感じられ、御息所は他所(よそ)に移って加持祈禱(かじきとう)をさせた。それを聞いた光君は、そんなに重い容態なのかと心配になり、気は進まないがようやく思い立って出かけることにした。いつもの邸(やしき)ではない仮の宿なので、光君は慎重に人目を忍んで出かけていった。

逢いたい気持ちはありつつもなかなか逢いにこられなかったことをどうか許してほしいと、とうとうとお詫びをし、こちらにも病人がいて出かけられなかったと光君は御息所に訴える。

「私自身はそんなに心配していないのですが、親たちがこれは一大事だとばかりにうろたえているのもお気の毒で、こういうときはあまり出かけるべきではないと思ったのです。何ごともおおらかに見過ごしてくださればうれしいのですけれど」と言いながら、以前よりずっと痛々しい様子の御息所を、胸を締めつけられるような思いで眺める。

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