それでも打ち解けて心を通わせることもできないまま朝になってしまう。帰っていく光君の、輝くようなうつくしさを見て、やはりこのお方を振り切って遠くへいってしまうなんてとても無理だと考えなおさずにはいられない。けれども、光君のたいせつな人がご懐妊とあっては、ますます光君の愛情もそちらに深まるのだろうし、きっとその人のところに落ち着いてしまうに違いない。それなのに、こうしてずっと待ち続けるのは、尽きない苦しみを味わうだけだろう。なまじ逢ってしまったばかりに、かえって悩みが深くなったようなものだと考えていると、夕暮れ、光君から手紙だけが届く。
まったく男と女というものはままならない
「この頃は少しよくなったように見えました病人が、突然ひどく苦しみ出しまして、そばを離れることができそうもありません」
と書いてあるのを、いつもの言い訳だと思いながらも、
「袖(そで)濡(ぬ)るるこひぢとかつは知りながらおりたつ田子(たご)のみづからぞ憂(う)き
(袖が濡れる泥の田──涙に暮れる恋路だとは知りながら、深入りしていく我が身が情けないことです)
『山の井の水が浅いので(あなたのお心が浅いので)私の袖が濡れるばかり』というあの古歌の通りです」
と御息所はしたためた。
その手紙を受け取った光君は、大勢いる女君の中でも、なんと格別にうつくしい文字を書く人なのだろうと思い、まったく男と女というものはままならないと嘆息する。性格にも容姿にも、まったくいいところのない人などいるはずもなく、といってこの人こそ妻にと思い定められる人もいないのを苦しく思った。ずいぶん暗くなってしまったが、光君は筆をとる。
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