あまりに突然の「妻との別れ」…御子誕生後の急変 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑤

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(写真:terkey/PIXTA)
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 2 』から第9帖「葵(あおい)」を全10回でお送りする。
22歳になった光源氏。10年連れ添いながらなかなか打ち解けることのなかった正妻・葵の上の懐妊をきっかけに、彼女への愛情を深め始める。一方、源氏と疎遠になりつつある愛人・六条御息所は、自身の尊厳を深く傷つけられ……。
「葵」を最初から読む:光源氏の浮気心に翻弄される女、それぞれの転機
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 いのちが生まれ、いのちが消える

男の子を産み落とした葵の上は、みずからのいのちまで落としてしまい……
 最後まで打ち解け合えなかったことをさぞや悔やんだことでしょう。

 

取り憑いたまま離れない物の怪

斎宮(さいぐう)は、昨年内裏(だいり)での精進潔斎(しょうじんけっさい)に入るべきだったのだが、いろいろと差し障りがあり、この秋に入ることになっている。九月にはそのまま嵯峨野(さがの)の野宮(ののみや)に移る予定である。その二度の御禊の準備をしなければならないのに、母御息所は魂が抜けたようになってぼんやりと病み臥(ふ)しているので、斎宮に仕えている人々は、これはたいへんなことになったと祈禱をさまざまに頼んで行う。ひどく苦しむということもなく、また、どこが悪いということもないまま、御息所は日を過ごしている。光君も始終お見舞いの文をしたためるが、もっとたいせつな人がひどく患っているので、気持ちの休まる時もない様子である。

まだ出産の時期ではないと左大臣家ではみな油断していたところ、急に葵(あおい)の上(うえ)は産気づいて苦しみはじめた。これまで以上に効果のあるとされる祈禱をいろいろとさせてみるが、例の執念深い物の怪のひとつが取り憑いたままどうしても離れようとしない。霊験(れいげん)あらたかな験者(げんじゃ)たちも、これは尋常ならざることだとほとほと困っている。それでもなんとか手厳しく調伏(ちょうぶく)したところ、物の怪はつらそうに泣き苦しみはじめた。

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