楚々(そそ)としてうつくしい女君が、ひどく衰弱し、やつれて、生きているのか確信できないほどの様子で臥せっているのは、いじらしく、痛々しく感じられる。ひと筋として乱れることなく、はらりと枕を覆う髪は、この世に類を見ないほどのうつくしさに思え、この人を妻に娶(めと)って十年もの歳月、この人のいったいどこに不足があると思っていたのだろうと、不思議な気持ちで光君は葵の上を見つめる。
「院の御所に参りますが、すぐ退出してきます。こんなふうに、ずっと近くにいられたらうれしいのだけれど、母宮がおそばにいらっしゃるから、とずっと遠慮していたんだ。それもずいぶんつらいものだ。だから少しずつ元気を取り戻して、いつもの部屋に移っておくれ。子どものように甘えているから、こんなにいつまでもよくならないのだよ」
そんなふうに言って、見目麗しく装束を着た光君が出ていくのを、葵の上は、いつもとは異なり、臥せったままじっと見つめて見送っている。
秋の官吏が任命される儀式の日だったので、左大臣も参内した。昇進のことなどで口添えをしてほしくて、このところ左大臣のそばを離れない子息たちも、ともに続いて参上する。
安心していた矢先の、思いがけない急変
邸内のひとけも少なくなり、ひっそりと静まり返った頃、葵の上がまたしても胸を詰まらせ、激しく苦しみはじめた。光君をはじめ内裏にいる人々に知らせる余裕もなく、葵の上は息を引き取った。
知らせを聞いてだれも彼も足も地に着かない状態であたふたと退出した。官吏任命の除目(じもく)の日ではあるけれど、こうしたやむを得ない支障で、何も決まらずに終わった。この大騒ぎが起こったのは夜中で、比叡山の座主やだれそれという僧都(そうず)たちに来てもらうこともできなかった。いくらなんでももうだいじょうぶと安心していた矢先の、あまりにも思いがけない急変に、左大臣家の人々はあわてうろたえている。各方面から続々と弔問の使いが詰めかけるけれど、取り次ぐこともできず、邸内は上を下への大騒ぎで、身内の人々の動揺も空おそろしいほどである。これまでもたびたび、物の怪に取り憑かれてこと切れたように見えたこともあったので、枕も北枕にせず、二日三日と様子を見ていたが、いよいよ死相がはっきりとしてきた。もうこれまでとあきらめざるを得ないのが、だれも心底悲しく、やりきれない思いである。
次の話を読む:7月28日14時配信予定
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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