「咲く花にうつるてふ名はつつめども折(を)らで過ぎうきけさの朝顔(あさがほ)
(咲く花に心を移すと噂されないか気になるけれど、手折(たお)って我がものとせずにはいられない今朝のうつくしい朝顔)
あなたをどうしたらいいかな」
と、中将の君の手をとって光君は言うが、彼女はあわてることなく慣れた様子で
朝霧のはれまも待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る
(朝霧が晴れるのも待たずにお発(た)ちになるご様子で、花──ご主人さまにお心をお留めなさらないのですね)
と、うまく女主人のことにすり替えて歌を返す。
かわいらしい使いの少年が、洒落た身なりをして、指貫(さしぬき)の裾を露に濡(ぬ)らして花の中に分け入り、朝顔を折っている様は、絵に描いたようにみごとなうつくしさである。
わきまえのある女であればなおのこと
とくべつな関係がなくとも、その姿をちらりと見ただけで、光君に心を奪われない者はいない。情緒など解さない山暮らしの田舎者でも、休憩するなら桜の木の下を選ぶように、光君の、文字通り光り輝く姿を見た人はそれぞれの身分に応じて、かわいがってきた娘を嫁がせたいものだと思い、また年頃の妹を持つ兄は、下仕えでもいいから光君のお邸に使っていただきたいと願うのだった。
ましてこの中将の君のように、折々にふさわしい歌を贈られ、光君のやさしい人柄に触れてしまうと、わきまえのある女であればなおのこと、光君をたいせつに慕わずにはいられない。お忍びで女主人のところにやってくるのではなく、朝も夜もゆっくりしていただけたらどんなにいいだろうともどかしく思っているようである。
次の話を読む:誰とわからない、故に逢わずにいられない女の妙(2月18日14時配信予定)
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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