「何不自由なく育った少女」が道を踏み外した悲劇 はためには「穏やかで仕事熱心な両親」だが…
もちろん、元の環境に戻ったときに起こることを想定して、トレーニングはしています。たとえば、半グレメンバーのひとりに会ってしまい、声をかけられるシーンを想定します。
「大変だったな。おまえの家族はどうせ無視してるんだろ? 仕事紹介してやるから来いよ」
ロールプレイして、実際に返事をしてみます。腕をつかまれたら、振りほどくなどの動きもやってみます。
こういったトレーニングを何度も繰り返して、さまざまな事態を何とか切り抜けられるという自信をつけさせます。それでも現実はハードです。相談を聞いてくれ、支えてくれる人が近くにいない場合、後戻りしてしまうことがあります。
親が陥りがちな行為者―― 観察者バイアス
「私たちはじゅうぶんなことをしてきたのに、子どもが勝手に悪いことをした」
無関心な親は、子どもに迷惑をかけられたとばかりにこう言います。問題が起きたのは、子ども自身に原因がある。性格や価値観など子どもの内面に問題があるか、能力が劣っているのが原因なのだと考え、自分に原因があるとは思っていません。
これは「行為者――観察者バイアス」の一種です。私たちは、他人の行動はその人の内的な特性に要因があり、自分の行動は環境など外的な状況に要因があると考える傾向があります。
「子どもがこういう性格だから問題を起こした。私が見てあげられなかったのは仕事で忙しかったから仕方なかった」
ついこんなふうに考えてしまいます。しかし、冷静に考えればおかしいですね。他人の行動も自分の行動も、内的な特性と外的な状況の両方が影響しているはずです。
「行為者――観察者バイアス」が強いと、子どもの非行や問題行動に対して親の内省が深まりません。世間体を気にして反省しているように見せることはありますが、本当に自分と向き合っていない場合、なかなか問題は解決しないのです。
子どもに関心がない親の生活――アヤノの両親以外の例
アヤノの両親は仕事中心でしたが、趣味・遊び中心で子どもに関心がない親もいます。酒やパチンコ、ギャンブルにハマって、なかなか家に帰らない。家にお金を置いてあるから、それでいいだろうという態度です。食事なんて用意しません。
子どもは4歳や5歳くらいでもう出前をとることを覚えます。自分で店に電話をかけて、ラーメンや蕎麦をとるのです。店側も慣れてきて、「ああ、誰々さんの家だね」とすぐにわかるというくらいです。
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