観察を通してCさんは「ママは自分のことしか考えていないし、娘である私とかかわりたいという気持ちはないんだ」とようやく理解できた。
相手を特別視しない。ただの「1人の人間」だ
こうして母親と精神的なつながりを持ちたいという思いを手放せたのだった。実際母親は、試合中ほとんどCさんに話しかけなかったそうだ。
Cさんは心の準備ができていたので、淡々と母親を観察した。そして、母親が心からのコミュニケーションを避けていること、それどころか、自分が被害者のように振る舞っていることがわかった。
その後Cさんは、母親との関係についてこんなふうに言っている。
「やっとわかったんです、あれが母なんだ。母の個性なんだって。
私に問題があったわけじゃなかったんです。『母が傷ついているんだ』と思いこまなくて、本当によかったです。自分の価値観と母の行動を切り離して考えられるようになった自分が、えらいと思います」
Cさんはこれまでになく心が自由になった気がした。もう母親に拒まれることを気にしなくていいのだ。「厳しい母親からいつか愛してもらえると期待する、心やさしい少女」という自分を手放し、ただの1人の大人として母親と付き合おうと思ったのだ。
親がいつかは気持ちを入れ替えて、自分に関心を示し、愛してくれる――。精神的に未熟な親に育てられた子どもによくみられる幻想だ。親の精神的な未熟さにとらわれないようにするポイントがある。それは、「距離を置いて観察する」こと。
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