なぜ米国には「中絶を認めない州」があるのか キリスト教の威力を池上彰氏が徹底解説

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これが判例となり、以後、中絶は憲法で認められた女性の権利だとされてきました。ところが近年、特に共和党の支持者が多い地域で、女性の自らの体についての選択よりも、宿った命こそが大切だとして、人工妊娠中絶を厳しく規制する法律が相次いで成立していました。

今回の判断は、妊娠15週以降の人工妊娠中絶を原則として禁止するミシシッピ州の法律について、州内にひとつしかない中絶をするクリニックが、「憲法に違反する」と訴えていました。

これについて連邦最高裁は2022年6月24日、「中絶の権利は憲法に明記されておらず、歴史や伝統に根ざしているわけでもない。憲法は州が中絶を規制したり、禁止したりすることを禁じていない」として、ミシシッピ州の法律は憲法に違反していないと結論づけました。

そして、「中絶規制の是非は、有権者と、選挙で選ばれた代表に委ねるべきだ」としました。

この結果、今後は中絶に関しては各州の判断に委ねられることになりました。つまり、アメリカの憲法では中絶の権利が認められているわけではないとの判決ですが、だから といってアメリカとして中絶を禁止するわけでもなく、各州がそれぞれ決めればいいことだという判断なのです。

中絶を認めるか否かで見るアメリカの分断

この結果、今回の判断を受け、中西部や南部(つまりバイブルベルト)を中心に26の州で中絶が厳しく規制されることになりそうです。すでに南部のオクラホマ州では受精時点からの中絶を重罪とする州法が発効しました。また、南部のルイジアナ州では、強姦や近親相姦など女性本人が望まない妊娠でも中絶は認めない州法が発効しました。一方で、北東部や西部の都市部を中心に16州は中絶の権利を明文化した州法を制定していますので、こうした州では、引き続き中絶が認められます。

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こうした動きについて、世論調査機関「ピュー・リサーチセンター」の最新の調査によると、中絶に関し、「すべての場合で合法とすべき」と「ほとんどの場合で合法とすべき」を合わせると61%に達し、「すべての場合で違法とすべき」と「ほとんどの場合で違法とすべき」を合わせた37%を大きく上回りました。

これを支持政党別で見ると、「合法とすべき」と回答したのは民主党支持者では80%でしたが、共和党支持者では38%にとどまりました。支持政党による違いがはっきりと表れています。

アメリカという国の分断が一層進んでいることがわかりますが、今回の連邦最高裁の判断は、アメリカ国内のカトリックやプロテスタントの福音派にとっての勝利でした。キリスト教の影響が、ここまで浸透していることがわかります。

池上 彰 ジャーナリスト

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いけがみ あきら / Akira Ikegami

1950年、長野県生まれ。1973年慶應義塾大学卒業後NHK入局。ロッキード事件、日航ジャンボ機墜落事故など取材経験を重ね、後にキャスターも担当。1994~2005年「週刊こどもニュース」でお父さん役を務めた。2005年より、フリージャーナリストとして多方面で活躍中。東京工業大学リベラルアーツセンター教授を経て、現在、東京工業大学特命教授。名城大学教授。2013年、第5回伊丹十三賞受賞。2016年、第64回菊池寛賞受賞(テレビ東京選挙特番チームと共同受賞)。著書に『伝える力』 (PHPビジネス新書)、『おとなの教養』(NHK出版新書)、『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)、『世界を動かす巨人たち〈政治家編〉』(集英社新書)など。

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