なぜ米国には「中絶を認めない州」があるのか キリスト教の威力を池上彰氏が徹底解説

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連邦最高裁判所の判事は全部で9人。奇数にしておいて、多数決で判断を下す仕組みになっています。判事は終身制で、死亡するか、自ら退任した場合のみ、大統領が後任を指名します。

現在の顔ぶれは、トランプ前大統領が任期中に保守派の判事3人を指名したことで、保守派6人、リベラル派3人と保守派が多数となり、過去の判例を覆してしまったのです。

今回、中絶の権利を制限することに賛成した6人の判事のうち5人は敬けんなカトリック教徒で、もう1人は現在はカトリック教徒ではありませんが、カトリック教徒の家庭で育ちました。カトリックは人工妊娠中絶に反対の立場をとっていて、判事の判断に宗教が影響していることがうかがえます。

「中絶は権利」と認めた判断とは

今回の連邦最高裁の判断は、49年前の1973年に当時の最高裁が「中絶は憲法で認められた女性の権利」だとする判断を覆したものでした。では、49年前の判決とは、どんなものだったのか。

きっかけとなったのは、南部テキサス州の妊婦が起こした訴訟です。「母体の生命を保護するために必要な場合を除いて、人工妊娠中絶を禁止する」という当時のテキサス州の法律は女性の権利を侵害し、違憲だとして訴えたものでした。

裁判は、原告の妊婦を仮の名前で「ジェーン・ロー」と呼んだことから、相手の州検事の名前ウェイドと合わせて「ロー対ウェイド」裁判と呼ばれています。

当時の連邦最高裁は、「胎児が子宮の外で生きられるようになるまでなら中絶は認められる」として、中絶を原則として禁止したテキサス州の法律を違憲とし、妊娠後期に入るまでの中絶を認める判断をしました。これは妊娠23週頃までの中絶は認められると解釈されてきました。

根拠としたのは、プライバシー権を憲法上の権利として認めた合衆国憲法の修正第14条です。憲法では、中絶について明文化されていないものの、女性が中絶するかどうかを決める権利もプライバシー権に含まれると判断したのです。

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